柳都物語 第60回・そろった方角(2)
【柳都物語 第60回・そろった方角(2)】
おれは、マメオヤジにも見えるようにトレペをかざした。
「4」の矢印を上にして見ると、十字の中心から引かれたラインマーカーの線、すなわち方角石の『北』は、右下を指してる。
つまりは、『南東』だ。
おれは、ポケットからもう1枚トレペを出して、今のトレペに重ねてみた。
「ビンゴ」
「だから、何がビンゴなんだよ?」
おれは、今出したトレペの端の文字を指差した。
「住吉神社?」
「そう。こっちのは、住吉神社の方角石から写したやつ」
2枚のトレペは、ピンクのラインマーカーが、ぴったりと重なってた。
「どういう意味?」
「あのヘンテコな地震で方角石が回った。揺れがおさまると、石も止まった。でもそんとき、元の正しい方角を指しては止まんなかったってこと」
「適当なとこで止まったんじゃねえの?」
「最初はおれもそう思った。でも見ろよ、この2枚の線。ピッタリだぜ」
「偶然じゃねえの?」
「角度は360度もあるんだぜ。それがピッタリ一緒なんて偶然、あんのかよ?」
「それじゃ、白山公園と水戸教公園の石も同じ方角指してるってわけ?」
「たぶんな」
「たぶんって、なんだ、まだ調べてねえの?」
「あたりめーだろ。きのうだぜ、住吉神社で石の方角がくるってるって気づいたの」
「じゃ、すぐに調べに行こうぜ。どっちにする? 白山公園? 水戸教公園?」
「昼休み終わっちまうだろ。残りは放課後だ」
おれが立ちあがると、まわりの鳩もいっせいに飛び立った。
「あれ?」
公園から小路に出たときだった。
「何だよ?」
マメオヤジは、小路から続く本町通りの方を見透かしてた。
「今の、麻美子じゃねえのか? あの角からこっち見てた」
「なわきゃねえだろ。何で麻美子が昼休みにこんなとこいるんだよ?」
「だよなあ。あ、あいつまた早引けしたんじゃねえの?」
「あいつんち、東新道通りだぜ。全然行き過ぎだろ」
麻美子の家は、東新道通りにある料亭だった。
東新道通りってのは、古町通りと東堀通りの間にある通りで、柾谷小路から、新堀通り、坂内小路(ばんないこうじ)を突っ切って、広小路までつながってる。
通りったって、自動車がすれ違えないような狭い道だ。
そのうち、新堀通りから広小路までの間は、狭い道の両側に、料亭やら飲み屋なんかがびっしりと並んでる。
もとは、この通り全部が「東新道通り」って呼ばれてたみたいなんだけど、今ではこの通りのうち、新堀通りから坂内小路までは「鍋茶屋通り」って呼ばれてる。
「鍋茶屋」っていう江戸時代から続く大きな料亭があるんで、通りの名前もそうなったみたいだ。
麻美子の家は、その「鍋茶屋通り」じゃなくて、坂内小路と広小路の間、つまり今でも「東新道通り」って呼ばれてる方にある料亭だ。
ちなみに、何でおれがここらの地名に詳しいのかって言うと、去年の総合学習で校区内の地図を作ったからなんだ。
地図作りでは、班ごとに担当地区を分担したんだけど、おれの班には、東西が東堀と西堀、南北が新堀通りと広小路に囲まれたエリアが割り当てられた。
そんとき麻美子が一緒の班だったんだけど、自分の家のあるエリアが担当になったんで大張り切りだった。
地図には、「通り」や「小路」の名前も入れることになってた。
で、「西堀通り」「古町通り」「東堀通り」「新堀通り」「坂内小路」「広小路」の名前を入れて、これで完成って思ったら、麻美子が、自分の家の前の通りは「東新道通り」だって言い出したんだ。
「そんな名前の通り、聞いたことねーぞ」
「こんな細い道に名前なんかあるわけねーだろ」
「ここって、『鍋茶屋通り』って言うんじゃないの?」
麻美子以外のメンバーが、口々にこんな風に言いつのると、麻美子は半泣きになりながら怒った。
で、その日は金曜日だったんだけど、来週までにちゃんと調べてくるって宣言したんだ。
で、月曜日。
麻美子は、近所に住んでる、昔芸者さんをやってたっていうバアさまとか、老舗の隠居ジイさんから話を聞いてきたって言って、「東新道通り」の成り立ちをノートにまとめてきたんだ。
そんとき、おれたちがワイワイやってるのを聞きつけた天津が寄ってきた。
「ほー。長沢、すごいじゃないか。よし。みんなの前で発表してみろ」
ってことになった。
【次回投稿は4月28日の予定です】→柳都物語「第61回・麻美子のノート(1)」
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