柳都物語 第57回について
1枚目の写真(住吉神社/柵の外)に写っているのが、本編で『道路まで急な崖になってる』と書いた崖です。かなりな急崖で、どれほどの崖かは、下の道路から撮った写真を緑亥館通信「柳都物語・第53回について」で載せていますので、ご覧になってください。また、緑亥館通信「柳都物語・第24回について」では、江戸時代の日和山(住吉神社が建っているところ)を描いた、この崖の様子が分かる絵も載せてあります。
2枚目の写真(住吉神社/石段)で、石段の下の方、向かって右側に小さな空き地が見えます。ここが、緑亥館通信「柳都物語・第54回について」で書いた、大寒(1月20日)の日に猫が日向ぼっこをしていた空き地です。
さて、とうとう冬景色の写真が1枚も撮れないまま、春になってしまいました。この冬の始め、緑亥館通信「柳都物語・第51回について」で、『雪の中、写真を撮ってまわるのが、今から楽しみです』と書きましたが、それはついに1度もかないませんでした。
雪が降ってこそ春も待ち遠しいわけで、子供のころは、春が近づくにつれ、だんだん雪が解けていくのを見るのが本当に楽しみでした。
と言っても、私が子供のころ、春は心待ちにする季節であると同時に、憂鬱な季節でもありました。
重い雲が垂れこめていた冬が終わると、明るい青空にキラキラと光が溢れる春がやってきます。でも、私の心は嬉しさ一色ではなかったのです。
子供のころは、春イコール新学期だったからです。つまり春は、学校が変わったりクラスが変わったりする時期でもありました。そんなわけで、環境の変化に弱かった私は、春はいつも物悲しい気持ちで過ごしていたのです。
私の子供のころ(中学・高校)は、一クラスに生徒が45人くらいいて、それが10クラスもありました(緑亥館通信「柳都物語・第2回について」参照)。クラス替えをしたら、ほとんどが知らない顔です。新しい友達が出来るだろうか、そんな不安を抱えて、新学期が始まったころは、毎日お腹の痛くなるような気持ちで過ごしていたのです。
そんなころ、教室の窓の外には、いつも桜が咲いていました。新潟では、ちょうど新学期が始まったころに桜が咲くのです。今でも桜の花を見ると、子供のころを思い出して少し物悲しい気分になります。
左の写真が、母校の中学校の桜並木です(2004年4月10日撮影)。画像の右端に校舎の窓が写っています。この窓から、桜の花びらが春風に散っていくのを、寂しい心で見下ろしていました。
今年もまた、そんな季節がやってきます。クラス替えの心配のない今では、桜の咲く季節は憂鬱ではなくなりました。でも、桜を見上げて物悲しい気持ちで過ごした子供のころの心は、いつまでも忘れないようにしようと思っています。それを忘れたら、ジュブナイル小説など書けなってしまうでしょうから。
それでは次回の「柳都物語」をお楽しみに。3月17日、掲載予定です。
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