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2007.02.17

柳都物語  第56回・方角転写(1)

【柳都物語 第56回・方角転写(1)】

 木曜日。
「尚樹! あんた、いったいどうしたのよ?」
 朝、おれが登校の支度をして茶の間に下りてくと、母親が素っ頓狂な声をあげた。
 茶碗と箸を持ったまま、凝固してる。

 会社勤めをしてる母親は、普段おれよりずっと早く朝食をすます。
 いつもなら、おれが下りてくのは母親がとっくに食べ終わった後だった。
 それが今朝、自分が食べてる最中におれが下りてきたんで、びっくりしたらしい。
 ちなみに建設会社に勤めてる父親は、もっと早くに朝食をすませ、とっくに工事現場へ出かけてる。
「何、驚いてんだよ。早く、ご飯よそってよ」
「あんた、どうかしちゃったんじゃないの?」
 おれの顔と柱時計を見比べてる。
「どうもしねえよ」
「だって、いつもより30分も早いじゃないの。どっか具合でも悪い?」
「何で具合が悪いと早起きすんだよ。ちょっと学校に用があるんだって」
「あんまりいつもと変わったことしないでくれる? 雪が降るくらいならいいけど、地震でも起きたらどうすんのよ」
 起きるかも知らねえぜ、本当に………。

 おれは大急ぎで朝飯をかっこむと、ランドセルを引っつかんだ。
「いってきます」
「ちょっと。せっかく早起きしたんだから、茶碗くらい洗ってきなさいよ」
「用があるんだって」
 茶の間を飛びだすと、パジャマ姿の姉貴と鉢合わせした。
「尚樹! あんた、いったいどうしたの?」
 親子して同じこと聞くんじゃねえ。
田中町あたり  玄関を出ると、冷たい空気にブルッと震えた。
 たった30分早いだけなのに、外気までいつもと違うみたいだ。
 空はどんよりと曇ってるけど、雪は降ってない。
 よしよし。
 雪が降ると、ちっとマズいなと思ってたんだ。
 実は、今朝早起きしたのは、学校に用があるからなんかじゃない。
 西大畑公園の裏っかわを通る道まで出ると、おれはそこを左に曲がった。
 学校とは反対の方向だ。
 もちろん、行き先は住吉神社。
 おれんちからの距離で言うと、住吉神社は大畑小よりも近いんだ。
 これは夕べ、地図を見てて初めて気がついた。
 てことは、おれんちからは大畑小よりも湊小の方が近いってことだ。
 あんまりあっちの方は行かないから、今まで気がつかなかった。
 で、こんなに近いんなら、朝一で行ってやれって思ったわけ。
 放課後までなんか、とっても待ってらんねえや。

 朝早いせいか、湊小のヤツに出くわすこともなく住吉神社に着いた。
 階段の手すりに手を掛けたら、また理絵の夢を思い出しちまった。
 そういえば、夕べ奈美がおかしなこと言ってたよな。
 風邪で休んだ理絵を見舞いに行ったら、留守だったって。
 理絵のおかあさんの話だと、石川県に行ってたってことらしい。
 いったいどうしちまったんだろう、理絵は………。
 奈美の言うように、かかりつけの病院だろうか?
 それとも………。
 まあいいや。
 今、そんなこと考えたってしょうがねえ。
 おれは手すりを引っつかむと、階段を2段飛ばしで駆けあがった。
 境内に誰かいたらどうしようかと思ってたけど、人の姿は無かった。
 まあ、いままでも人がいたことなんか無いけど。
 よっぽど流行んねえ神社なんだな。
住吉神社/社  そもそも社の前に賽銭箱もないから、ここに参拝する人なんて、誰もいねーんじゃねえの?
 方角石の前に立つと、冷たい風が顔を打った。
 真正面に見える日和山展望台の方角、日本海を渡ってくる風だ。
 方角で言うと『北西』。
 展望台の向こうを、雲がすごい早さで動いてる。
 足元の方角石に目を移す。
 やっぱり、文字盤の方角は『南』を指してた。
 おれはランドセルを下ろすと、夕べ見つけたトレーシングペーパーを引っぱり出した。

【次回投稿は3月3日の予定です】→柳都物語「第57回・方角転写(2)

緑亥館通信「柳都物語・第56回について
物産コーナー「『第56回・方角転写(1)』の巻

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