柳都物語 第55回・方角転写法
【柳都物語 第55回・方角転写法】
「あんた、今日は妙に無口ね」
夕飯を食べてたら、母親に言われた。
もちろん、頭の中で方角石がぐるぐる回ってたせいだ。
自分の部屋に戻ると、机の上の方位磁石をもう一度手に取った。
夕飯前に引出しの奥をかきまわして、やっと引っぱり出したやつだった。
この方位磁石は、確か3年生のとき父親に買ってもらった。
オリエンテーリング用ってやつで、四角い透明なプラスチック板の上に、円い方位磁石が載ってる。
磁石の底も透明だから、地図の上に置いても下の地図が透けて見える。
磁石の中にはオイルが詰まってて、針がフラフラと揺れないっていうすぐれものだ。
最近は全然使ってないけど。
とりあえず、この磁石を方角石の上に載せれば、方角のくるいは確認できる………。
問題は、そのくるいをどうやって写し取るかだ。
紙を磁石の下に置いたら、方角石が見えなくなっちまうし………。
せっかく磁石が透明なのにな。
透明………。
透明?
そうか!
紙も透明ならいいんだ。
おれは机の上に飛び乗ると、押し入れの天袋を開いた。
確か、ここに投げこんであったはずだ。
父親が会社から持ってきたトレーシングペーパー。
トレペってやつ。
せがんで何10枚ももらった。
低学年のころだったかな?
天袋の中は、小さくなったグローブやら壊れたラジコンカーやら、そういった使わなくなったガラクタが大量に詰まってる。
こっから何かを探し出そうとしたら大仕事だ。
ガタガタやってたら、隣部屋の姉貴に怒鳴られた。
「尚樹、何やってんのよ! うるさいじゃない!」
あったあった。
しわだらけ、ほこりだらけになった紙もあるけど、束の真ん中あたりは真っさらだ。
トレペの束をかかえて机を飛びおりると、下の階から母親の声が聞こえた。
「なおきー、でんわー」
電話?
誰だよ今ごろ、この忙しいときに。
階段を駆けおりると、母親が受話器を差し出しながら言った。
「あんた、さっきから何ドタバタやってんのよ。テレビドラマに集中できないじゃないの。あたしの唯一の楽しみを奪うつもり? 夜は静かに。常識でしょ。それでなくても、この家は音が伝わりやすいように造られてんだから」
「建て付けが悪いだけだろ」
この家は、建設会社に勤める父親が若いころ、見習大工と一緒に練習のつもりで建てたって代物だから、ところどころ歪んでる。
初めて来た人は、階段なんか登るとめまいがするみたいだ。
きっちり閉まる扉なんて無いから音は伝わり放題、この家には『防音』っていう概念が無いんだ。
「誰から?」
「奈美ちゃん。ほら、早く出なさい。レディを待たせるもんじゃないわよ」
「そっちが、テレビが聞こえないとかゴチャゴチャ言うからだろ。あ、もしもし」
「相変わらず、愉快な家庭ね」
「大きなお世話だ。何だよ、今ごろ?」
「理絵ちゃんのこと、何か聞いてない?」
「何かって、何?」
「いなかったのよ。夕方、麻美子たちとお見舞いに行ったら」
「ちゃんと順番に話せって」
「だから、麻美子たちと理絵ちゃんちにお見舞いに行ったわけ。渡すプリントとかもあったし。そしたら、ほら、こないだ授業参観に来てたでしょ、理絵ちゃんのおかあさん。きれいな人。あのおかあさんが出てきて、すっごく申しわけないみたいな顔して、理絵は留守にしてますって言うのよ」
「留守? 留守ってどういうことだよ? 風邪で寝てるんじゃねえの?」
「あたしたちもビックリした顔してたら、おかあさんが言いにくそうに、石川県に行ってるっていうのよ」
「何しに?」
「わかんない。あんまり突っこんで聞くのも悪いみたいな気がして、プリントだけ渡して帰っちゃった」
「うかつなやつらだな」
「だから尚樹に聞いてんじゃないの。理絵ちゃんから何か聞いてない?」
「おれが聞いてるわけねえだろ」
「やっぱ、そうよね。病院かな?」
「なんで風邪引きくらいで石川県の病院まで行くんだよ」
「かかりつけのお医者さんとか? ほら、石川県って、理絵ちゃんが転校してきたとこでしょ」
「新潟にだって、医者くらいいるんだぜ」
「そうよねえ。ま、いいか。学校来たら聞けばいいことだし。それよか、解けた? 三角形の問題」
方角のくるいってヒントをつかんだことが、のど元まで出かかったけど、おれはそいつをツバと一緒に飲みこんだ。
「全然。解けるわけねえだろ」
【次回投稿は2月17日の予定です】→柳都物語「第56回・方角転写(1)」
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