柳都物語 第52回・ミドリちゃん
【柳都物語 第52回・ミドリちゃん】
マメオヤジは、セーターの襟を目一杯伸ばして廊下に顔を出した。
「あっちゃー。もういねえじゃねえかよ、美鳥ちゃん」
「だから何なんだよ、そのミドリちゃんてのは?」
「尚樹、知らねえの? 竹内先生の名前だよ。ミドリったって、色の緑じゃねえぜ。これがなんと、美しい鳥って書いて、美鳥ってんだ。やっぱ、美人は名前も違うって感じだろ? そう思わねえ?」
「別に」
「なんだよ、冷てーな。あ、そっか。尚樹くんは、理絵ちゃん一筋ってわけか?」
「バーカ。あの先生、ちょっとアブねーんだよ」
「どこが?」
おれは、竹内先生から、地震と方角石の関係について聞かれた話をした(「第35回・再び保健室」)。
「なーんだ、尚樹くん。興味ねえふりして、しっかり抜け駆けしてんじゃん」
「何だよ、抜け駆けって?」
「2回も保健室、入りこんだんだろ」
「入りこんだんじゃねえっ。引っ張りこまれたんだって。人の話聞いてんのかよ、おめーは」
「でも、何でそれがアブねーんだ? 何事にも興味を持ちたがる年頃なんじゃねえの?」
「それだけじゃねえんだよ。天津まで使って聞き出そうとしたんだぜ」
おれは、天津から、方角石を調べてるわけについて聞かれた話をした(「第36回・屋上前の会談」)。
「あっちゃー。天津のやつ、完全にパシリじゃん、美鳥ちゃんの」
「普通じゃねえだろ?」
「そりゃ、仕方ねえよ。ホレてんだからな、美鳥ちゃんに」
「何だそれ?」
「何だって、そんなことも知らねえの? 天津が美鳥ちゃんにホレてるって、有名な話だぜ」
「そんくらい、知ってるって。天津のこと言ってんじゃねえよ。そのミドリちゃんが、普通じゃねえってんだよ」
「どこが?」
「どこがって、やっぱ人の話聞いてねえだろ、おめー」
「だから、おれたちのこと、心配してくれてんだって。やさしいんだなあ、美鳥ちゃん」
このカボチャ頭、天津とおんなじこと言いやがる。
「おまえとしゃべってると、だんだんバカになってく気がするぜ。いいや、もう。行くぞ、体育館」
「なあ尚樹、体育館なんかやめて、保健室行かねえ?」
「何しに?」
「決まってんじゃん。美鳥ちゃんに、今までのこと、ぜーんぶ教えてやるんだよ」
マメオヤジはそう言いながら、もう保健室の方に歩きだしてた。
「やめとけって」
「何でだよ?」
「奈美に相談もしねえでそんなことしたら、殺されんぞ、おめー」
「何だよ。奈美が怖いのかよ」
「おまえ、怖くねえのかよ?」
「………」
「山崎が、ミドリちゃんの気を引こうとして、みーんなしゃべっちまったんだぜって、奈美に報告したら、おめー、どうなるよ? 生きて帰れねえかもしらねえぜ」
すっかり固まっちまったマメオヤジの向きを、体育館の方に変えようとしたときだった。
「尚ちゃんたち、こんなとこで何してんの?」
「べ、別に。何もしてねえよ」
同じクラスの麻美子だった。
「なんか、あやしい」
麻美子は、おれたちの立ち位置とマメオヤジの視線の先を交互に確かめると、ニンマリと笑った。
「ははあ」
「何が、ははあだよ」
「保健室、行こうとしてたんでしょ」
こ、このアマ、油断ならねえぜ。
「そ、そんなわきゃ、ねえだろ。な、山崎」
「え? あ、ああ」
「あやしい」
「あやしくねえっ。山崎、行くぞ、体育館」
「あたしが一緒に行ってあげようか? あたし、竹内先生とお友達だよ」
おめーは、保健室と友達なんだろうが。
この麻美子は身体が弱くて、低学年のころから保健室の常連なんだ(「第31回・保健室」)。
「尚樹くーん、この際なんだから、麻美子の顔立ててさ、一緒に行ってもらうってのも、いーかなーなんて、思わねえ?」
「思わねえよっ。ほら、行くぞ、体育館」
おれはマメオヤジの襟を引っつかんで、体育館の方に歩きだした。
廊下の曲がり角で振り返ると、まだ麻美子が不審げな顔して、おれたちのことをジッと見てた。
【次回投稿は1月6日の予定です】→柳都物語「第53回・単独調査」
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