柳都物語 第49回について
ベッドを買ってもらったばかりだそうで、うれしそうに私に見せてくれました。そのとき、写真を撮らせてもらったというわけです。
もちろん写真撮影の許可は取りましたが、それをブログに掲載することについては、お許しを得ていません。なにしろ、私が「緑亥館」というブログをやっていることは、家族を始め誰ひとり知らないことなのです。で、まずバレることは無いでしょうから、このまま黙っているつもりです。
でも、偶然甥が「緑亥館」を訪れるようなことがあって、もしそこで自分の部屋の写真を見つけたりしたらと想像すると、ちょっと楽しくなります。
本編2枚目の写真(【資料画像】和室)の撮影日は、去年(2005年)の8月20日です。
実はこれ、天津亮吉邸のモデルにさせてもらってる『砂丘館』の一室なのです(緑亥館通信「柳都物語・第16回について」「柳都物語・第17回について」参照)。
従いまして、尚樹の家の茶の間としては立派すぎるんですが、ほかに適当な写真がありませんでした。
先日テレビを見ていたら、この「茶の間」という言葉が、今や死語になりつつあるという話題が出て、大いに驚きました。
私にとって、「茶の間」という言葉が通じないなどということは、全くの盲点でした。で、「柳都物語」でも、何の疑問もなく尚樹に「茶の間」という言葉を使わせていたわけです。
それでは、「茶の間」がダメなら、家族が集まる和室のことをいったい何と呼ぶのでしょうか?
洋室なら「リビング」でしょうが、和室を「リビング」とは言わないでしょうし………。ひょっとして、そういう用途の和室が、すでに存在しないなんてこと、ありませんよね………。
というわけで、ネットを検索してみたところ、「居間」という言葉に行き当たりました。なるほど、「居間」なら今でも使われてるでしょうね。
しかしながら、「居間」という言葉は、私の中でどうもしっくり来ません。で、「柳都物語」の中では、そのまま「茶の間」で通すことにしました。
先日、久しぶりに『砂丘館』に行ってみたら、きれいな「七五三」の飾り物(?)がしてありました。
この部屋は、「茶の間」に使わせてもらった部屋より、さらに奥まったところにあります。こうした、陽も射しこまないような薄暗い和室に心引かれるのは、私だけではないと思います。
それでは次回の「柳都物語」をお楽しみに。11月25日、掲載予定です。
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