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2006.10.28

柳都物語  第48回・理絵のいた夢(2)

【柳都物語 第48回・理絵のいた夢(2)】

 井沢くん。
 何?
 災いって知ってる?
 おれは、黙って鳩の影を指差した。
 災いってのは、きっとあの鳩の影みたいなんだろ。
 理絵の瞳に、小さなさざ波が浮かんだ。

 よかった。
 え?
 もっとずっとわかってもらえないかと思った。
 そんな分からず屋じゃねえや。
【資料画像】  今度は理絵が、フェンス越しに指差した。
 黒い屋根瓦が波のようにうねって、どこまでも続いてる。
 学校の屋上から見下ろす街並み。
 入学してから、幾度も写生した景色。
 理絵の指先は、空と屋根の合わせ目を指してる。
 問いかける理絵の目に、おれはうなずいて見せた。
 そんなこと、ずっと前から知ってた。
 そう、始めから。
 だから、おれもフェンス越しに指差した。
 ねずみ色の空に、くるくると回る鳩を。
 指先のはるか先で回る鳩………。
 北の空を、雲がすごいスピードで動いてた。
 何かとてつもなく大きなものの影が、おれたちの上を通り過ぎようとしてる。
 景色が少し傾いたみたいだった。
 理絵が何か言ってる。
 何て言ってんだ?
 黒髪が揺れてる。
 おれの耳には何も聞こえない。
 たぶん、あの雲のせいだ。
 きっと音の無い爆音が、この空一面を満たしてるんだ。
 え?
 理絵が何か言いながら、おれの腕を取る。
 アーモンドみたいな瞳。
 理絵は何か言いながら、出口の扉を指差した。
 黒髪が跳ねて、白い頬を覆う。
 理絵がおれの腕を引いた。
 コンクリートの床に鳩の影が散ってる。
 おれたちは出口を目指して走った。
 傾いた空を隠す巨大なゲイラカイト。
 出口の扉が左右に揺れながら近づいてくる。
 三角形の影が、扉の表をいくつも流れた。
 金色のドアノブが並んでる。
 これは、観音開きってやつだ。
 押す?
 それとも引く?
 理絵が何かささやいた。
 理絵の息が耳にかかって、かすかに髪の匂いがした。
 わかった。
 こいつは観音開きなんかじゃない。
 引き戸だ。
 ドアノブを握って横に引く。
 黒い合わせ目が、少しずつ太くなる。
 背中がチリチリと熱くなった。
 間に合うか?
 からだを薄っぺらにして中にすべりこむ。
 振り返ると、細長く切り取られた空は、もう閉じようとしてた。
 扉の閉まる、音の無い轟音。
 もう何も見えない。
 理絵の顔も見えない。
 真っ暗な階段を、手探りで下りる。
 暗い階段は、右へ左へうねりながら、どこまでも続いてた。
 さっきから手すりを探してるんだけど、指先には何の手応えも返ってこない。
 理絵はどこへ行ったんだろう。
 先に下りてしまったんだろうか。
 足を踏み外しそうで、足元が定まらない。
 もう一度、手すりを探して指先を伸ばす。
 何の答えも返ってこない指先からは、悲しみだけが染みてくるようだった。
 そうか。
 おれは理絵を捜してたんだ。
「理絵」
 小さな声でつぶやいてみる。
 こぼれた声が階段に落ちて、足元がほんのりと灯った。
 真っ黒い階段に、声がこぼれて銀色に染みた。
 どこまでも続く黒い階段を、おれは理絵の名前で灯しながら下りた。
夜の信濃川(「新潟市写真集」さんホームページより)  ここはきっと、夜の川だ。
 銀色に灯るのは、街灯の薄明かり。
 明かりが川面に落ちて、さざ波に揺れてる。
 どこまでも続く夜の川。
 真っ黒い川が、どこまでも下ってる。
 かすかに髪の匂いがした。
 そうか。
 理絵はずっと側にいたんだ。
 おれの胸にも銀色の明かりが灯った。
 だから一緒に行こう。
 理絵と。
 ほら、ずっと先まで灯ってる。
 真っ黒い川は、どこまでも続いてるんだ。
 そうして、夜の信濃川みたいな理絵の髪を、おれはどこまでもどこまでも下りていった。

*本編2枚目の画像『夜の信濃川』は、「新潟市写真集」さんホームページの『夜景』から、1枚目の『朱鷺メッセより新潟市街夜景』を転載させていただきました(転載のご許可を下さいました新潟市写真集管理人さんに感謝いたします)。

【次回投稿は11月11日の予定です】→柳都物語「第49回・日常っていう朝

緑亥館通信「柳都物語・第48回について
物産コーナー「『第48回・理絵のいた夢(2)』の巻

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