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2006.09.16

柳都物語  第45回・どっぺり坂下

【柳都物語 第45回・どっぺり坂下】

 礼拝堂を出ると、今度こそ本物の夕暮れだった。
 一面ねずみ色だった空が、深い紺色に染まりはじめてる。
「ちょっと理絵ちゃん、顔が真っ白。どっか具合が悪いんじゃない?」
「ううん。だいじょうぶ」
 顔をのぞきこむ奈美に、理絵は小さな声で答えた。
 なんだか今にも気を失いそうな声だった。

「風邪ひいたのかも知れない。尚樹が悪いんだからね、走ったりするから」
「おれのせいかよ」
 ひょっとしてキリスト教に当たったんじゃねえの、宗教違いで?
「家まで送ってく」
「だいじょうぶよ、奈美ちゃん。だって、帰る方向が逆じゃない」
「気にしないの、そんなこと。尚樹、あんたは方向が合ってんだから、いっしょに来なさいよ」
「おれはおれは?」
 マメオヤジが奈美の前に回りこんだ。
「あんた、家どこだっけ? あ、そうだ。あんた、理絵ちゃんのランドセル持ってやってよ」
「がってん」

西消防署  消防署の角を曲がったところで、マメオヤジが急に立ち止まった。
 奈美と理絵は、前を歩いてる。
「思い出した!」
「何を?」
「さっきの神父だよ、礼拝堂に入ってった」
「本当にいたのかよ、そんなやつ」
「いたって、絶対。そんときから、どーもどっかで見たような気がしてたんだけどさ、今やっと思い出した」
「だから何を?」
「キースだよ。キースにそっくりだったんだ」
 キースってのは、この1月から、大畑小にALT(Assistant Language Teacher/外国語指導助手)で来てるイギリス人だ。
 おれらは、この外人に妙に縁があるらしくて、学校の外でも何度か見かけてる。
(キースについては、「第10回・変な外人」/「第13回・ALT」/「第14回・屋上の会談」/「第22回・地震調査(2)」/「第23回・『へ』の字の謎」をご参照ください)
「はっきり見たのかよ?」
「顔は見てねえよ、ちらっと後ろ姿だったからな。でも、絶対似てたって、感じが。すんげえ背が高くて、針金みたく痩せてて」
「外人なら珍しくねえだろ、そんなやつ」
「服の趣味も合ってんじゃん。あいつ、いっつも真っ黒い服着てたぜ」
「神父の服は、趣味で黒いわけじゃねえだろ。それに第一、何でキースが神父の格好してんだよ?」
「やっぱ、本業が神父だったとか?」
「おまえ、この前寺町でキース見たとき、お寺に弟子入りしてるって言ってなかった?」
「あれはさ、偵察だったんだよ、偵察。神父の身分隠して」
「何の?」
「決まってんじゃん。日本の宗教のだよ」
「神父が、お寺偵察してどうしようってんだよ?」
「それは………、謎だな」
 ったく。
 つき合ってらんねえぜ。

 どっべり坂の坂下まで戻ったときだった。
 前を歩く理絵が、急に足元をふらつかせた。
「理絵ちゃん、本当に大丈夫? いいから、私につかまって。ちょと尚樹、尚樹ってば! ボーっと歩いてないで、そっちからも支えてよ」
「ああ」
 そんなこと言ったって、どこ掴めばいいんだよ。
 おれは、おそるおそる理絵の腕を抱えた。
 これって、あんまし支えてるってことになんねえよな。
 と思ったとたん、理絵がバランスを崩した。
「危ない! 尚樹ってば!」
「わかってるよ」
「ちょっと休みましょ。理絵ちゃん、ここに腰掛けて、ね」
どっぺり坂下の広場  そう言って奈美が理絵を座らせたのは、噴水の縁だった。
 どっべり坂の坂下は、レンガ敷きのちょっとした広場みたいになってる。
 もっとも、この噴水のほかには、大きなケヤキの根元にパイナップルの切れ端みたいなベンチが置いてあるだけだけど。
 つまり、広場って言っても、ほかに言い方がわかんなかっただけで、そんなに広い場所ってわけじゃない。
 だからこの噴水も、せいぜい直径が3メートルくらいのもの。
 しかも、水が吹き上がってる噴水じゃなくて、真ん中の臼みたいな所から、水盤に水が溢れ出してるだけだった。

【次回投稿は9月30日の予定です】→柳都物語「第46回・理絵の黒髪

緑亥館通信「柳都物語・第45回について
物産コーナー「『第45回・どっぺり坂下』の巻

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