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2006.07.08

柳都物語  第40回・アンテナと十字架

【柳都物語 第40回・アンテナと十字架】

 また雷鳴がとどろいた。
 おれも思わず耳を覆った。
 さっきの理絵の声は、半分雷鳴にかき消された。
 でも、確かに理絵は「龍」って言った。
 一瞬、生き物みたいにふくれあがった黒いうずは、また形を崩してうねりはじめてる。
「奈美、何やってんだ、早く写真撮れ!」

 奈美はまたしゃがみこんでる。
 おれの声にも耳を覆ったままだ。
 襟首をつかんで引っ立てようとしたけど、いやいやするみたいに首を振るばかりだった。
 しかたなくカメラだけ取りあげる。
 次に形を変えたら、絶対撮ってやる。
 おれは、黒いうずにカメラを向けた。
 暗い空に、稲妻がフラッシュみたいに光る。
 一瞬明るんだ空をバックに、黒いうずはむくむくとうねった。
 まるで、繭の中でうごめく命だ。
 繭?
 おい、待てよ。
 さっきの黒雲が卵で、この黒いうずが繭かよ。
 そんなら、次に出てくんのが成虫ってこと?
 おれは、思わず理絵を振りかえった。
 理絵は、黒いうずを見つめたままだ。
 理絵の唇は震えてた。
 そのとき、稲妻が光った。
 近い!
 稲妻は、理絵の髪まで真っ白に染めた。
 さっきまでは遠くの空でフラッシュみたいに光ってたのに、今のは目の前でストロボをたかれたみたいだった。
 おれは、雷に備えて耳を覆った。
 でも、雷鳴は聞こえてこなかった。
 あんなに近い稲妻なら、すぐにものすごい音がするはずなのに。
 そろそろと耳から手を離す。
 相変わらず遠い空では、ドロドロと太鼓を鳴らすみたいな雷が響いてた。
「あっ」
 黒いうずと、巨人のあばら骨みたいな雲を、真っ白な稲妻がつないでる。
 それは、稲妻っていうより、真っ白な柱だった。
 柱は、ライトセイバーみたいに空にそびえてる。
 その稲妻の柱から、線香花火みたいな小さな稲妻が生まれた。
 柱のそこここから生まれた無数の稲妻は、空中に不規則な図形を描きながら下に向かって伸びてく。
 そしてそれは黒いうずまで届いた。
 ほんのいっとき、黒いうずが動きを止める。
 その黒いうずを、線香花火の稲妻が網の目みたいに覆ってく。
 太い稲妻の柱は、明るくなったり暗くなったりして、そのたびに空一面が点滅した。
 突然、消防署のアンテナと教会の十字架に火花が散った。
 黒いうずを覆った網の目が千切れて、空中に散った。
 次の瞬間、黒いうずは真ん中からV字に折れ曲がった、と思ったとたん、フッとかきけすように消えた。
 まるで、折れたとこから地面に吸い込まれたみたいだった。
「しまった!」
 写真撮るの忘れてた。
 おれは、手の平のカメラを握りしめた。
 雷鳴が途絶えてる。
 坂下から吹きあげる風も止んでる。
 急に空が明るくなった。
 見上げると、NEXT21にかぶさってた黒い雲は、うそみたいに消えてる。
「何なのよ? 今の」
 奈美が、のろのろと立ちあがりながら言った。
 その声はまだふるえてる。
「おじいちゃんに知らせる?」
「どうやって? とっくにハイヤー出ちまってるだろ」
 おれは、どっぺり坂の階段を駆けおりながら言った。
 理絵もついてくる。
「ちょっとあんたたち、どこ行くのよ?」
「教会に決まってんだろ」
「あぶないよ。さっきの雷が落ちて火事になってるかも知れないじゃん」
「そしたら、となりは消防署だ」
「あたしのデジカメ返してよ!」
「そんならおまえもいっしょに来い! 現場写真、撮んなきゃなんねえだろ!」
西消防署/火の見の塔のアンテナ 新潟カトリック教会/尖塔の十字架  階段を下りきると、200メートルくらいで西消防署だ。
 消防署の角を左に曲がって、足をゆるめる。
 変わった様子は見えない。
 消防車は、何事もなかったみたいに車庫の中に収まってた。
 消防隊員の姿も見えない。
 火の見の塔のアンテナも、何事もなかったみたいに空に突き出てる。
 教会の前まで来た。
 礼拝堂にそびえる2本の尖塔。
 その上の十字架。
 何も変わりがない。
 どこにも雷が落ちたような跡は見えなかった。
 おれは教会の敷地へ足を踏み入れた。

【次回投稿は7月22日の予定です】→柳都物語「第41回・新潟カトリック教会(1)

緑亥館通信「柳都物語・第40回について
物産コーナー「『第40回・アンテナと十字架』の巻

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