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2006.06.10

柳都物語  第38回・どっべり坂と地震雲

【柳都物語 第38回・どっべり坂と地震雲】

 じいちゃんちの玄関を出ると、空が真っ黒だった。
 いくら真冬ったって、日暮れにはまだ間があるはずだ。
 雷が鳴ってる。
「降ってくんのかな」
 新潟じゃ雷は冬に一番多くて、「雪下ろしの雷」なんて呼ばれてる。
 じいちゃんちの前の道路は、狭いけどけっこう車の通りがある。
 その車が、みんなライトを点けて走ってた。
「おい、あれ見ろよ」
 マメオヤジがNEXT21の方を指さした。

「何だよ?」
 ちょうど信号が変わった。
「ほら、あれだよ。あれ」
 言いながらマメオヤジが駆けだす。
どっべり坂  横断歩道を渡ると、どっぺり坂の上だ。
 マメオヤジは、そこから空を指さしてる。
「だから、何なんだよ?」
「早く来いって! ほら、あれ」
 あんまりマメオヤジが騒ぐんで、おれたちも横断歩道を渡った。
 59段ある階段の上からは、新潟島の市街が見おろせる。
 特にこの時期は、坂下のケヤキに葉がないから、よく見えた。
 マメオヤジが指さしたNEXT21は、柾谷小路と西堀通りが交差する角にある。
 その名のとおり21階建ての高層ビルで、19階に展望室がある。
 高さは125メートル。
 万代島ビルができる前は新潟で1番高かった。
どっべり坂から見たNEXT21  そのNEXT21が、坂の上からは真正面に見えた。
 ビルのてっぺんに三角形のとんがりがついてて、イカが立ちあがったみたいな格好をしてる。
「ほら、あれだよ。あの雲」
 マメオヤジの指は、NEXT21の斜め上をさしてる。
 一面に真っ黒な空が、そこだけ崩れたみたいに乱れて、細長い横雲が何本も重なるように連なってた。
 横雲のへりは、ただれたような赤い色に縁取られてる。
 それはまるで、巨人のあばら骨みたいだった。
「あれって、地震雲ってやつじゃねえの?」
 マメオヤジが、おれたちの顔を不安げに見まわした。
「でも、地震ならもう起きちゃったんじゃない?」
 奈美は、さっそくデジカメのシャッターを切ってる。
「もっとでかいやつが来るってことじゃねえのか?」
「そしたらこの写真、きっとスクープよ。地震雲の。週刊誌に載るかもね。大畑小学校・伊崎奈美さん撮影ってテロップつきでさ」
「ほかにも撮ってるやつ、たくさんいるって。あんな目立つ雲なんだからな。NEXT21の展望室からも撮ってんじゃねえの?」
「そんなら、あたしの勝ちだわ」
「なんでだよ?」
「だって、NEXT21から撮ったんじゃ、NEXT21が入んないじゃないの。NEXT21のバックにあの雲って構図でなきゃ」
「なるほどな。そんなら、ここって最高のロケーションじゃねえの?」
「そういうこと。あー、でもあの消防署が本当に邪魔ね」
 NEXT21の手前に、西消防署が重なってるんだ。
 そう言いながらも奈美は大張り切りで、階段のてっぺんから伸びあがって写真を撮ってる。
 目の前でピカピカとストロボが光った。
「バーカ。ストロボたいてどうすんだよ、雲撮ってんのに」
「勝手に光るんだもん。暗いからじゃない?」
「発光禁止モードにすりゃいいだろ」
「どうやんのよ?」
「そんなの、おれが知るかよ。おまえのカメラだろ」
「あっ」
 理絵が声をあげた。
「何?」
 理絵の震える指先が、NEXT21の真上をさしてた。
 あばら骨みたいな雲の斜め下、NEXT21の真上に真っ黒い雲がかかってる。
 その雲は、形を変えながらむくむくと動いてた。
「ちょっと、何あれ? 生きてるみたい」
 奈美が、シャッターを切るのも忘れてつぶやく。
「気持ち悪りー」
 マメオヤジの声は裏返ってた。
 理絵は真っ白な顔をして、くちびるを震わせてる。
 おれたちは声もなく雲を見つめた。
 まるで、世界中の音が消えちまったみたいだ。
 後ろを走ってる車の音も聞こえない。
 ストップモーションみたいに動かない風景の中で、その雲だけが動いてる。
 むくむくと自在に形を変えるようすは、まるで帝王が、自分の支配する国で思うまま振る舞ってるみたいだった。
 その下で、新潟の街はひっそりと静まりかえってる。
 理絵がおれの腕をつかんだ。
「やっぱり来たんだわ」
「えっ? 来たって、何が?」
 何が来たんだ?

【次回投稿は6月24日の予定です】→柳都物語「第39回・龍?

緑亥館通信「柳都物語・第38回について
物産コーナー「『第38回・どっべり坂と地震雲』の巻

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