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2006.03.04

柳都物語  第31回・保健室

【柳都物語 第31回・保健室】

 月曜日。
 朝からぼたん雪が降った。
 児童玄関を入ると、保健室の竹内先生が床をゾーキンで拭いてた。
 花瓶のカケラが散らばってる。

【資料画像】DEX社「フォト満タン」より  竹内先生は、産休に入った山下先生のかわりに、2学期から大畑小にきてる。
 背が高くてすげー美人だ。
 おれたちの間ではハーフ説まで出たけど、直接本人に確かめた女子によると、純粋な日本人だそうだ。
「おはようございます」
「おはよう。あ、その辺まだ破片が落ちてるから気をつけてね。ほんとに誰のいたずらかしらね」
 竹内先生はプンプン怒ってた。
 でも、たぶんこれはいたずらなんかじゃない。
 きのう水戸教公園で地震があったとき、きっとここも揺れたんだ。
 そんなこと考えてたら、うっかり足元のカケラを拾っちまった。
「あっ」
 親指に痛みが走った。
 指の腹にできた細い筋から、プツプツと小さな血の玉が生まれた。
「ほら、だから気をつけてって言ったじゃない。見せてごらん」
「平気です」
「平気じゃありません。バイ菌が入ったらどうするの。こっちいらっしゃい」
 おれは、ほとんど襟首をつかまれるようにして保健室に連行された。

【資料画像】DEX社「フォト満タン」より  おれの指に消毒液を塗ってた竹内先生が、目を上げてにっこりと笑った。
「ひょっとして、きみが犯人?」
「え?」
「花瓶を割った犯人? 犯人は犯行現場に戻るって言うじゃない?」
「ち、違いますよ。現場に戻るったって、児童玄関なんてよけて通れないじゃないですか」
「冗談よ」
 ったく。
 美人ってのは、本気なのか冗談なのか全然わからねえ。
「犯人は地震だと思います」
「地震? 地震なんていつあったの?」
「きのうです」
「わたしは1日中下宿の部屋にいたけど、地震なんて無かったわよ。あんな花瓶が落ちるような地震だったら、寝てたって目が覚めると思うけど………」
 そこで竹内先生は、はっと気がついたような目でおれを見た。
「ねえ、それって先週の地震みたいなやつ? すぐ近くでも揺れたり揺れなかったりしたんだってね」
 おれはうなずいた。
「きのう水戸教公園にいたら、地震があったんです」
「ミトキョー公園? そんな公園、ここらにあったっけ?」
「西港の近くです」
「西港って、あんなとこまで遊びに行くの? この寒いのに」
「遊びじゃありません。調査です」って言おうとしたら、後ろで扉が開いた。
「あら、麻美ちゃん。また具合悪いの?」
 振り向くと、引戸の間から同じクラスの麻美子が顔をのぞかせてた。
 麻美子は身体が弱くて、低学年のころから保健室の常連だ。
「先生、児童玄関の花瓶が割れてます」
 ったく、なんでそんなこと保健室に言いに来るんだよ。
「そうなのよ。それでこの子、指切っちゃって」
「だいじょうぶ? 尚ちゃん」
「あら、あなたたち同じクラス? たしか5年生よね?」
 おれと麻美子がうなずくと、竹内先生は真面目な顔をして言った。
「2人とも、ちゃんと牛乳飲んでる? 好き嫌いしないで食べなきゃだめよ」
 悪かったな、チビで。
「はい、できあがり。体育はしてもいいけど、なるべく水に濡らさないようにね。花瓶はわたしが片づけておくから、あなたたちは教室へいらっしゃい」

 廊下に出ると、麻美子がおれの指を覗きこんだ。
 こいつは自分の身体が弱いせいか、他人のケガや病気にやたらと興味を持つ。
「だいじょうぶ? 尚ちゃん」
 麻美子はおれの顔を見あげた。
 麻美子は、おれが見おろして話せる数少ない女子の1人だ。
 顔も幼稚なんで低学年にしか見えない。
「全然平気」
「尚ちゃんが割ったの? 花瓶」
「違うって。カケラを拾っただけ」
「ふーん。でも良かったね」
「何が?」
「竹内先生に手当てしてもらって」
 そう言って麻美子はニターッと笑った。
 頭の中味だけは低学年じゃないらしい。

【次回投稿は3月18日の予定です】→柳都物語「第32回・もうひとつの方角石

緑亥館通信「柳都物語・第31回について
物産コーナー「『第31回・保健室』の巻

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