柳都物語 第20回について
「柳都物語・第20回」『芸者学校(2)』、いかがでしたでしょうか?
本筋と関係のない「芸者学校」の話が、2回にわたってしまいました。
ただでさえ多くない読者が、また減ってしまったのではないかと少し反省しております。
本編左側の写真「料亭・行形亭(いきなりや)」については、第3回「西大畑公園」で少し触れました。創業は江戸時代中期の元禄頃だそうです。行形亭さんのホームページ
右側の写真「料亭・鍋茶屋」の創業は、江戸時代後期の弘化3年(1846年)だそうです。鍋茶屋さんのホームページ
両方とも、主屋は国の登録有形文化財になっています。
残念ながら、私はどちらの料亭にも足を踏み入れたことがないため、内部の写真は掲載できませんでした。
新潟島を代表するこの2つの料亭については、サイドバー右側の『「柳都物語」資料館』・「新潟島堀割地図」にも、その位置を載せてあります。
新潟島の堀割のことを調べるために、昔の新潟の姿が描かれた本を何冊か読んだのですが、その中に、「新潟芸妓の世界」(平山敏雄・編著)という本がありました(第19回「芸者学校(1)」に表紙の画像があります)。
もっとも、この本は最近買ったものではなく、以前から私の書棚にあったものです。奥付を見ると、昭和48年初版発行、平成2年復刻発行となっています。
いったい、いつ何のために買ったものなのか全く覚えておらず、内容も忘れていました。しかし、このたび読み返してみたところ、これが実に面白い本でした。
芸者さんたちからの聞き書き集になっていて、本編で天津亮吉が語る「芸者学校」の話は、この本の「玉女聞き書き」「力女聞き書き」をネタにしています。
お玉姐さんは明治26年生まれ、力弥姐さんはそれより8つくらい若いようですから、彼女たちが大畑小に通っていたのは明治の終わりから大正にかけてです。
とにかく、髪を銀杏返しに結って、襟足に前の晩のおしろいを残したまま登校してくる小学生が何人もいたという話に驚き、これはぜひ紹介しなくてはと力が入って、「芸者学校」の話が2回にわたってしまいました。
ちなみに、第18回「堀のあったころ」に書いた、ウナギの折りを持った芸者がカワウソにより堀に引きずりこまれたという話も、この本からのネタです。もっとも本では、引きずり込まれたのは桶屋のおばさんでしたが。
あと、天津亮吉が、昔の芸者が今でいう芸能人のような存在であったという話をしていますが、これは石川英輔さんの「大江戸神仙伝」シリーズからの受け売りです。
西堀通りの新潟三業会館前にある「新潟市街角歴史案内」という案内板には、「柳都・新潟」と題して、次のような文章が記されています。
『今も料亭が建つ古町・西堀界隈を歩けば、いにしえの人々が築いた花町文化の香りが確かに匂い立ち、息づいているを感じます。連綿と流れる時の中で培われた、柳都・新潟ならではの華やぎが、季節の移ろいを雅やかに演出します。その中で麗しの華でもあったのが新潟芸妓です。新潟芸妓・古町花柳界の歴史は古く、徳川時代にさかのぼります。以来、名妓、美妓の数は何千人にも及ぶといわれます。
当時はまさに柳都・新潟で、幕末の志士・頼三樹三郎(らいみきさぶろう)は「八百八楼、涼しきこと水に似たり簾をかかぐ七十二橋の風」と情緒を歌っています。』
この案内板に載っている2枚の絵は、前々回の緑亥館通信「柳都物語・第18回について」でも触れましたように、銅谷白洋という画家による「新堀四ツ橋の盆踊り」と「西堀初春の宵」です。
ちなみに、新潟三業会館の三業とは、芸者置屋・料理屋・待合の三業種のことです。
このうち待合というのがわかりにくいと思いますが、待合とは待合茶屋のことで、いわゆる貸し座敷のようなものです。昔はここに芸者置屋から芸者を呼び、料理屋から料理を取って遊んだわけです。
今は純粋な待合というのは無くなって、待合と料理屋が合体した料亭だけになっていますから、実質的には二業です。しかしながら三業という言葉はそのまま生きていて、新潟三業会館は、新潟三業協同組合が運営する施設です。芸者さんが正月踊りなどを披露する舞台なんかがあります。
こんなことを書くと、私が芸者遊びに詳しいみたいですが、これもすべて受け売りのウンチクで、悲しいかな芸者遊びの経験は全くありません。
ちなみに、私が読んだ昔の新潟の姿が描かれた書籍は以下のようなものです。残念ながら、多くが新刊では入手できないと思われます。
「新潟芸妓の世界」 平山敏雄・編著 新潟日報事業社 昭和48年7月20日発行・平成2年5月8日復刻発行
「砂丘物語」 三芳悌吉・著 福音館書店 平成8年5月31日発行
「ある池のものがたり」 三芳悌吉・著 福音館書店 昭和61年10月20日発行
「新潟の町 古老百話」 沢村洋・編 新潟日報事業社 平成17年6月2日発行
「新潟わが街 柳と堀」 笹川勇吉・著 鳥屋野出版 昭和61年7月20日発行
「新潟かわらばん」 笹川勇吉・著 鳥屋野出版 昭和63年11月1日発行
「新潟の町 新かわらばん」 笹川勇吉・著 鳥屋野出版 平成7年4月20日発行
第17回から4回にわたって天津亮吉邸内で過ごした4人も、ようやく次回から真冬の新潟島に飛びだします。
それでは次回の「柳都物語」をお楽しみに。10月15日、掲載予定です。
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