柳都物語 第18回・堀のあったころ
【柳都物語 第18回・堀のあったころ】
それから幾本も線が書き加えられた。
じいちゃんが「これが早川堀」と言ったとき、理絵の顔をちらっと見たけど、すました顔をしてた。
地図は、みるみる青い格子状になってった。
「こんなに堀があったんですか?」
「大畑小の前の通りも堀だったんだ」
「こうして街中、網目のように堀がめぐらされ、そこに百数十本の橋がかかっておった。特に、この3か所。縦の東堀と、横の二番、三番、四番の堀が十字路みたいに交差してるじゃろ。ここには四ツ橋がかかっておった」
「四ツ橋?」
「そう。交差点にある横断歩道みたいに、堀をわたる4本の橋が架かっておった。四番堀の四ツ橋は少し形がくずれておったが、あとの2ヶ所はきれいな『ロ』の字形じゃった。二番堀の四ツ橋は、たしか『桜橋』『若葉橋』『紅葉橋』『深雪橋』といったな。きれいな名前じゃろ? 三番堀の橋は、『蓬莱橋』の頭に東西南北がついておった。祭りのときは、この三番堀の四ツ橋をぐるりと人の輪でつないで、下駄を鳴らして盆踊りを踊ったものじゃ」
じいちゃんは、ソファーに身を預けて天井を見あげた。
おれたちはそっと顔を見合わせた。
あの東堀通りと新堀通りの交差点に橋が架かってて、そこで盆踊りを踊ったなんてなあ。
全然想像できねえや。
しばらく遠い目をしていたじいちゃんは、急に前かがみになると、ひそひそ話をするみたいに、おれたちの顔を見まわした。
「ところが、四ツ橋のたもとには悪いカワウソが棲んでおってな、人力車を引きずりこんだり、舟をひっくり返したりしたそうじゃ」
「ほんとですか?」
「芸者がはまり込んだこともあったぞ。なんでもウナギの折りを下げておって、それをカワウソが欲しがったということじゃった」
「目撃したんですか?」
「なに、又聞きじゃよ。さすがのわしも、カワウソに逢ったことはないな」
奈美がノートを取りだして、地図を書き写そうとした。
「写さんでもいい。地図ごと持っていきなさい。どうせ古い地図じゃ」
地図をよく見ると、平成14年にできた柳都大橋が載ってないから、それよりも前の地図らしい。
「でも、何で堀を埋めちゃったんですか?」
奈美がノートを構えながら聞いた。
こいつは新聞記者志望なんだ。
「まあ、ひとことで言えば、必要が無くなったんじゃな」
「必要って、じゃあ昔は堀が必要だったんですか?」
「昔は、堀が物資の輸送の幹線路じゃった。
新潟の港には北前船も入って来ておった。
港に降ろされた荷物は、小舟に積みかえられて、信濃川から堀を通って街に運ばれた。
あるいは近郷の農家の人が、小舟に野菜や穀物を積んで、川づたいに堀を通って街に入り、市(いち)を開いた。
しかし、やがて輸送の手段は自動車に取って代わられる。
防火用水としての役目や、野菜や鍋釜を洗ったりする役目も、上水道に取って代わられる。
残ったのは、下水の役目だけじゃ。
そうこうするうち、大河津分水ができて信濃川の水位が下がったり、天然ガス採取のために地下水をたくさん汲みあげたせいで、地盤沈下が進んだりして、水の流れが悪くなった。
臭いはひどいし、蚊や蠅は発生する。
やがて下水道の整備が始まると、堀の役目はまったく無くなった。
そのころになると、車が増えて道路が渋滞するようになっての。
そうなると、ただの大きなドブに成り下がっておった堀は、ただの邪魔者というわけじゃ。
それで、みんな埋めて道路にした」
「みんなですか?」
「そう。ものの見事にみんな埋めた。日本全国に堀のある町はたくさんあろうが、こうまで見事に全部埋めてしまったところは、他にはあるまい」
「へー」
「これが城下町なら、堀は、城や町を外敵から守るためのものじゃったから、それを埋めてしまうとなったら、心理的な抵抗があったかも知れん。その点、新潟は港町じゃからな。堀に町を守る役目はなかった。逆に、目新しい物がどんどん入ってくる通路じゃった。もともと新しもの好きなんじゃよ、新潟の人は。だから、堀の無い新しい暮らしを選んだんじゃな」
「反対とか、なかったんですか?」
「最後に西堀を埋めるときには少しは反対も出たようじゃが、そのほかの堀では、反対どころか全く逆じゃったな」
「逆って?」
「堀の付近の住民が、早く埋めてくれと議会や市役所に陳情したんじゃな」
「埋めちゃって良かったと思いますか?」
「うーん。最後はひどいもんじゃったがな。今では、きれいな頃の堀を懐かしがる人も少なくない。信濃川から迷いこんだ鮭が、背びれを立てて泳いでおったこともある。御飯粒で蟹なんかいくらでも釣れた。染物屋の前では、水の中に反物がひるがえってな、まるで吹き流しのようじゃった」
じいちゃんは、また遠い目をして庭のサザンカを見つめた。
「へー。じゃあ、またつくればいいんじゃねえの?」
「あ、西大畑公園や早川堀みたいに?」
「あんなんじゃなくて、本物の堀をだよ」
「それは、なかなか難しいじゃろうな。復元されたあんな短い堀でも、手入れにはそれなりの金と手間がかかっているはずじゃ。本物の堀ともなれば、溜まった泥の浚渫とか、毎年相当な維持費がかかる。何事もな、こわすのは一番簡単。つくるのはその次に簡単。維持していくのが一等大変なんじゃよ」
*画像『「新堀四ツ橋の盆踊り」銅谷白洋・画』について
「新堀四ツ橋の盆踊り」は、画家・銅谷白洋(昭和41年没)によるものです。
銅谷正明さんのご許可を得て、ネット上の画像『「情緒新潟」銅谷白洋・画』から転載させていただきました。
【次回投稿は9月17日の予定です】→柳都物語「第19回・芸者学校(1)」
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