柳都物語 第19回・芸者学校(1)
【柳都物語 第19回・芸者学校(1)】
さっきの女の人が紅茶を入れてきてくれた。
目の前に、作りものみたいな真っ白い指が伸びてきて、ティーカップが音も無く置かれた。
なんか、こっちのほうが緊張しちまうぜ。
ほかの3人も、次々と置かれるカップを見つめたまま固まってる。
女の人が部屋を出ていったあとも、白い指の動いた跡が、黒テーブルの上に残ってるみたいだった。
ああいう動作を、「優雅」とか「エレガント」とかって言うんじゃねえのか?
まるで体に骨が入ってないみたいだった。
おれんちの母親や姉貴、クラスの女どもみたいなガサツな連中とは大違いだ。
同じ人類とは思えん。
「まあ、お菓子でも食べなさい」
じいちゃんの声で、おれたちはやっとエレガントな魔法から解かれた。
理絵を見ると、もう今日の用事はすんだような顔をしてティーカップを手に取った。
案外簡単に堀の地図が手に入っちまったからな。
「あのー、ひとつ質問してもいいですか?」
マメオヤジが、クッキーを紅茶で流しこみながら言った。
「なんじゃな?」
「今の女の人、奥さんですか?」
ばかやろっ。
そんなこと聞くんじゃねえ。
「まあな。恥ずかしながら、そういうことじゃ」
マメオヤジが奈美にむかって親指を立てた。
奈美が何か聞きたそうにしてヒザを乗りだした。
ノートをかまえてる。
何の取材だよ。
じいちゃんが自分から話を続けそうもないので、奈美は、何か聞きなさいよとばかりにマメオヤジをヒジでつついた。
「あのー、なんかすごいきれいな人なんですけど、ひょっとして芸者さんだったとか?」
またそんなこと聞きやがって!
おれたちはマメオヤジをにらみつけた。
「ほー。たびたび鋭いな、きみは。まさにそのとおりじゃ。おお、そういえば、あんたがたの通う大畑小学校じゃが、昔、芸者学校と呼ばれていたことを知っておるかな?」
おれたちは顔を見合わせた。
そんな話、初耳だぜ。
「それって、芸者さんを養成する学校だったってことですか?」
奈美が不思議そうな顔で聞いた。
「はっはっは。そんな学校があったら楽しいのう。時間割に、『三味線』とか『踊り』なんて科目があるわけじゃ」
「違うんですか?」
「残念ながらそうではない。
大畑小の校区というのが、坂内小路(ばんないこうじ)を真ん中にして新堀から広小路までじゃろ。
花街がすっぽりと入っておる。
今と違って、昔は花街も繁盛しておったからの。
なにしろ、古町芸者だけで500人はいたんじゃないかな。
というわけで、大畑小に通ってくる生徒の半分くらいは、花柳界関係者の子供という案配じゃった。
当然、芸者置屋の娘も通ってくる。
娘といっても、もちろん本当の娘もおったが、芸者にするために貧しい家から養女にもらった子供らも多かった。
この子らはみな芸者の卵でな、小学校に通ってる歳で、もうお座敷に出ておったのじゃ」
「えーっ。それって、児童福祉法とかに違反してるんじゃないですか?」
奈美があからさまな非難の声をあげた。
「昔はそんな法律も無くてな、子供が働くのは当たり前じゃった。
商店の子は店で働いておったし、芸者屋の子はそれがお座敷というわけじゃ。
お座敷といっても、その歳じゃから、歌や踊りを披露するわけではなくて、まあ、お銚子や料理を運んだりする小間使いじゃな。
そうやって、いろんな料亭の間取りや座敷の並びを覚えていくんじゃ。
一人前の芸者になってからマゴマゴせんですむようにな。
で、彼女たちは、いくらお座敷で夜が遅くても、朝は早く起きて三味線や踊りの師匠に通って稽古をつけてもらう。
それから学校に行くわけじゃ。
学校を終えるとすぐにまたお座敷、お座敷がなければまた稽古というハードスケジュールじゃ。
ゆっくり髪を結い直しているヒマも無い。
それでな、髪を銀杏返しに結って、襟足に前の晩のおしろいを残したまま登校してくる小学生が何人もおった。
そんなことで、よその学校の生徒から『大畑学校、芸者学校』とはやし立てられたというわけじゃ」
「かわいそう、そんな小学生。それも、わたしたちの学校の先輩たちがそんな生活してたなんて」
奈美がまた非難の声をあげた。
「なるほど。今の子らから見れば、そういう感想が出るかのう」
「だって、自分の時間とか全然無いじゃないですか」
「それはそうじゃ。しかしな、そういう生活を、本人たちは必ずしも不幸だとは思っておらんかったな」
【次回投稿は10月1日の予定です】→柳都物語「第20回・芸者学校(2)」
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