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2005.08.06

柳都物語  第16回・天津亮吉邸

【柳都物語 第16回・天津亮吉邸】

 土曜日。
 今日はめずらしく晴れた。
 何日ぶりだろうか。
 でもそのせいで、朝はすごく冷えこんだ。
 新潟市の冬は、天気は悪いけど寒さはそんなにひどくない。
 いつも厚い雲におおわれてるから、放射冷却ってやつがおこらないせいだ。
 1日の最低気温は、北関東なんかより高いんだ。
 氷点下になることなんてめったにない。
 でも、どうやら今朝は、そのめったにない日だったみたいだ。
 カーブミラーが霜で曇って、なんにも見えなくなってる。

 西大畑公園で、朝9時の待ち合わせ。
 やっぱり、いくら寒くても晴れってのはいいよな。
 おれは、真っ白な息をゴジラみたいに吐きながら歩いた。
西大畑公園/レンガ敷きの広場  公園に入ると、朝の光が広場の敷きレンガに反射して、逆光の鳩が影絵みたいだ。
 同じく逆光の人影が3つ。
 3つ?
 理絵と奈美のほかに、小男の影だった。
 マメオヤジだ。
 なんでこいつがここにいるんだ?
 おれは、マメオヤジをにらんだ目を理絵に向けた。
「公園の外で会ったら、ついてきちゃったのよ」
 理絵は困った顔をしてた。
「なんで、おまえがこの辺ウロウロしてんだよ」
「いいからいいから」
「よくねえよ。遊びに行くんじゃねえんだぞ。帰って寝ろ」
「そんなこと言わないで、おれも連れてってよ。ねえ、兄きぃ」
「だれが兄きだよ」
 結局、こいつもいっしょに連れてくことになっちまった。
 公園の裏手の道から、どっぺり坂の上へ向かう。
 女2人のほうがでかいから、なんだかおれとマメオヤジが引率されてるみたいだ。
 道がだらだらの登り坂になると、松の枝が塀の上へ張り出す住宅街になった。
「ひゃあ、すげえ古っちい家があるぜ」
 マメオヤジが頓狂な声を出した。
「あんた知らないの? 新潟市長の家じゃない」
 奈美が振りかえって言った。
「へー。市長って案外貧乏なんだな。建てかえもできねえのか?」
「バカ。これは公舎じゃないのよ。市長のあいだだけ住む家。でも、最近の市長は全然住んでないみたいだけど」
「なんで?」
「不便なんじゃない? 古いから」
 どっぺり坂の上まで来た。
 道の左側が急な下り坂になってて、階段がついてる。
 これが、どっぺり坂。
 この坂を下りて300メートルほどまっすぐ行くと、県知事公舎と新潟小が向かい合った四つ角がある。
 その角を左に曲がってさらに300メートルほど行くと大畑小だ。
 角を曲がらずにまっすぐ行けば柾谷小路に出る。
 どっぺり坂っていう変な名前の由来は、坂下の案内板に書いてある。
 なんでも昔、この坂の上に旧制新潟高校の寮があって、この坂を下りて古町(ふるまち)の繁華街に通う回数が増えると落第するってことから、この名前がついたそうだ。
 「どっぺり」ってのは、ドイツ語でダブるっていう意味の「ドッペルン」からきていて、つまりは「留年坂」ってことらしい。
 天津のじいちゃんの家はすぐに分かった。
 どっぺり坂の真上の門柱に、『天津亮吉』って表札が出てた。
 門は開いている。
天津亮吉邸  門を入ってから玄関まで少し歩いたから、結構でかい家だ。
 でも、建物はさっきの市長公舎と同じくらい古い。
 呼び鈴がどこにも無いので、玄関の引き戸をガラガラッと開けたとたん、マメオヤジが素っ頓狂な声をあげた。
「たのもー!」
 その頭を、おれと奈美でひっぱたいた。
 やっぱり連れてくるんじゃなかった。
「こんにちはー!」
 奈美が呼び直すと、廊下の奥から足音がして、着物を着た若い女の人が出てきた。
 すげー美人だ。
 あの奈美が気圧されたような顔をしてる。
「寒かったでしょう。さあ、お上がりください」
 おれたちは広い応接室に通された。
 テーブルを囲んで10人くらいの客が座れそうなソファー。
 なんだか、古い映画のセットみたいだ。
 女の人は、おれたちにテーブルのお菓子をすすめて、今呼んできますからと言って部屋を出ていった。
 マメオヤジがすぐにお菓子に手を伸ばしたんで、奈美がその手をひっぱたいた。
「今の人、奥さんかな?」
 奈美にたたかれた手を大げさ振りながらマメオヤジが言った。
「そんなわけないでしょ。天津先生のおじいさんよ。
 いったいいくつ歳が離れてると思ってんの」
「賭けねえ?」
「賭けない」

*本編中にあります「天津亮吉邸」の写真は、日本銀行新潟支店長の役宅だった建物です。場所は、本編に記したとおり、どっべり坂の真上にあります。今では、新潟市が日銀から買い取って、「砂丘館」という施設として一般公開されています。もちろん『天津亮吉』の表札は出ていません。

【次回投稿は8月20日の予定です】→柳都物語「第17回・天津のじいちゃん

緑亥館通信「柳都物語・第16回について
物産コーナー「『第16回・天津亮吉邸』の巻

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