柳都物語 第17回・天津のじいちゃん
【柳都物語 第17回・天津のじいちゃん】
古い型のストーブの上で、ヤカンがしゅんしゅんと湯気を立ててる。
窓の外には、雪吊りをした大きなサザンカの木が見えた。
スズメが枝を飛びたつと、赤い花びらがバラバラと散った。
サザンカにも部屋の中にも、陽がぽかぽかとあたって暖ったかい。
マメオヤジが、ソファーのクッションでびよーんと跳びあがるマネをした。
跳びあがったその頭を、奈美がひっぱたく。
扉が開いて、着物の老人が入ってきた。
で、でけー。
「おーおー、よく来たよく来た。あんたたちが信吉の教え子か。いやはや、いずれも賢そうな子供らじゃ」
おれたちは立ちあがって頭を下げた。
担任の天津は、身長が182センチあるってことを自慢にしてるけど、このじいちゃんはその天津よりでかいんじゃねえの?
こんなにでかいじじいは初めて見た。
真っ白な髪をオールバックにして、赤ら顔に大きな目と鷲のような鼻。
なんだか、引退した外人レスラーみたいだ。
黙ってにらまれたら、からだが固まっちまうんじゃないか?
「わしが、信吉の大伯父、天津亮吉です」
「大畑小5年、山崎翔太です!」
「おおっ。元気がいいのう。君がリーダーか?」
冗談じゃない。
こいつはオマケですって言おうとしたら、その前に奈美が訂正を入れた。
「違います。この子はついて来ちゃっただけです。大勢で押しかけてすみません。わたしは、大畑小5年の学年委員、伊崎奈美です」
「ほー。最近の小学生は大きくなったのう。ところで、あんたがたは、みんな同じ学年か?」
悪かったな、男がチビで。
おれたちがうなずくと、じいちゃんは楽しそうに笑った。
「ほっほっほ。昔から新潟では、『杉の木と男の子は育たない』と言われておったがの。まあ君らとて、これで成長が止まったわけじゃあるまい」
あたりまえだ。こんなところで止まってたまるか。
おれと理絵も名前を言った。
じいちゃんは理絵の顔をじーっと見ると、また「ほー」と言って目を細めた。
「まあ、かけなさい。信吉から聞くところによると、堀のことが知りたいそうじゃな?」
「はい。堀がどこを流れていたか知りたいんです」
おれはそう答えながら理絵の顔をちらっと見た。
理由なんか聞かれたら、そっちで答えてくれよな。
じいちゃんは、部屋のすみにある机の引き出しをゴソゴソ探して、折りたたんだ紙を持って戻ってきた。
テーブルに広げると、地図だ。
なんだこりゃ。今の新潟市街図じゃねえか。
堀なんて載ってねえよ。
「堀は埋め立てられて道路になった。すべての埋め立てが終わったのは、新潟地震の直前じゃ。昭和39年。西堀と東堀くらいは知っとるじゃろ?」
そう言うとじいちゃんは、水色の蛍光ペンで地図に太い線を引きはじめた。
白山神社の前から、古町通りを挟んで2本。
「これが縦の2本じゃな。西堀と東堀。昔はそれぞれ、寺町堀、片原堀と呼ばれておった。こんどは横じゃ。白山神社の前の広い道路、これが横の一番堀」
昭和大橋のたもとまで太い線が引かれた。
昭和大橋は、完成直後の新潟地震で橋げたが落ちて有名になった。
「横じゃなくて、縦みたいなんですけど」
マメオヤジが口をはさんだ。
「それはな、地図が北を上につくってあるからそう見えるだけじゃ。信濃川の流れ、これが縦。それと直交するのが横」
「あ、それって、『通り』と『小路』の関係といっしょですよね?」
「そのとおり。よく気がついたのう」
奈美は得意顔だ。
おれが言おうと思ったのに。
「そして、この一番堀から鍛冶小路をはさんで、これが二番堀」
「新津屋小路だ」
「そう。それから柾谷小路をはさんで、三番堀」
「新堀通りですね」
「今はそういう名前になっとるようじゃがな。もともとは道心小路と呼ばれておった」
「じゃあ、新堀小路にすればよかったのに」
「縦と横の関係から言えば、そうじゃろうな。それから坂内小路をはさんで四番堀」
「広小路だ」
「そう。そして最後の五番堀」
「ここって、何小路だっけ?」
おれと奈美は顔を見合わせた。
「古い絵図には、確か『さい小路』となっておったのじゃないかな。今では忘れられた名前じゃな。以上が横の5本。最初は4本じゃったが、すぐ後に三番の新堀がつくられた。できたのは明暦のころというから、江戸時代の初めじゃな。この縦横の7本を中心として、たくさんの堀がはりめぐらされておった」
【次回投稿は9月3日の予定です】→柳都物語「第18回・堀のあったころ」
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