柳都物語 第11回について
「柳都物語・第11回」『不思議な地震』、いかがでしたでしょうか?
本編2枚目の写真を見ていただきたいのですが、中央の道路を隔てて、左が栄小学校、右が舟栄中学校です。道路といっても、映っているところは坂道ですが、撮影者の私が立っている後ろは階段になっていて、自動車は通れません。
3月12日掲載の「緑亥館通信」で、「二葉町へ抜ける階段」が新潟砂丘に登る階段であることをお話ししましたが、今回の栄小と舟栄中の間の道も、同じく新潟砂丘の斜面につくられた階段道路です。この道を登りきったところは西海岸公園という松林で、すぐにまた急な下り坂となって、その先はもう日本海です。
栄小と舟栄中は、砂丘のほぼ頂上に建っていますので、前回の「緑亥館通信」で書いた新潟島の展望スポットからよく見えます。
左の写真は、万代島ビルから「M410R」の10倍ズームで両校を写した写真です。
撮影したのは5月2日で、「柳都物語」とは季節が違ってしまうので、本編への掲載はあきらめました。でもせっかく10倍ズームで撮った写真なので、ここに載せることにしました。両校が、手前の住宅街よりも高い位置にあることをおわかりいただけるかと思います。
本編中に、新潟島の小中学校の名称がいくつか出てきます。
現在、新潟島には、10校の市立小学校と、新潟大学付属の小学校が1校あります。もちろん大畑小学校は現存しませんので、この数には入っていません。中学校は、市立が5校、新大附属が1校です。
新潟島でも、萬代橋からつづく柾谷小路を境にして、そこから下流側の地域を下町(しもまち)と呼びます。この下町にある小学校は、今ではみんな小規模校です。中には、大畑小のように統合されて無くなってしまった学校もあります。
現存する小学校では、湊小、栄小、豊照小が1学年1クラス、入舟小が2クラスしかありません。新潟小だけは3クラスありますが、これは大畑小と礎小を統合したからです。そのため新潟小では、校区が中学校の校区と同じになってしまいました。普通、ひとつの中学校区には、2,3校の小学校があるのですが、寄居中学の校区には新潟小しかなくなったのです。つまり、中学に進学しても、校舎が変わるだけで顔ぶれは全く変わらないということです。
下町の小学校がこんなふうになったのは、ドーナツ化現象によって新潟島の人口が郊外に移ったことと、子供の数自体が減ったことによります。
ところが最近、東京などで進んでいる現象が新潟島でも起こりつつあります。それは、都市中心部の地価下落により、そこにマンションが続々と建ちはじめていることです。
特に、新潟島でも信濃川に面した地域は、南に広い信濃川があるため陽あたり抜群です。しかもこの陽あたりは、将来にわたって保証されているわけです。そのため、信濃川北岸に建つマンションは大人気で、みんな完成前に完売となっているみたいです。
北岸だけじゃなくて、南岸でもぞくぞくとマンションが建っています。北岸は、自分の陽あたりはいいのですが、北側が自分の陰になるわけで、日照権の問題が生じます。その点、南岸では、南側が低層の住宅地であれば陽あたりは大丈夫ですし、なにより自分の陰になる北側が広い信濃川なので、全く日照権の問題が生じないのです。むしろ、建てやすいのは南岸なのではないでしょうか。
そんなわけで、河口に近い信濃川の両岸は、マンションが林立するウォーターフロントのような景観になりつつあります。
しかしながら、こんなペースでマンションが建っていったら、当然子供も増えるでしょうし、こんどはまた小学校が足りなくなるなんてことも、あり得ない話じゃないと思います。
それでは次回の「柳都物語」をお楽しみに。6月11日、掲載予定です。
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