柳都物語 第12回・授業参観
【柳都物語 第12回・授業参観】
5時間目。
授業参観。
おれは天津の目を気にしながら、後ろをちらちらと振り向いて知らない顔を探した。
1学年1クラスだから、5年にもなれば誰が誰の母親かなんてひと目でわかる。
だから、知らない顔があればそれは理絵の母親ってことだ。
うちの母親と目が合った。
相変わらず入口のすみで小さくなってる。
おれと目が合うとギョッとしたような顔をした。
おれの視線を追っ払うように、腰のあたりで手を動かしてる。
前を向けってんだろう。
おれの母親が、こんなにも授業参観を恐れるのにはわけがあった。
あれは、大畑小に入学して初めての授業参観のときだった。
みんな、後ろで母親が見てるんで興奮してた。
授業は算数。
おれの苦手な科目だったけど、その日天津の出す問題は簡単だった。
きっと、誰にでも答えられる問題を出して、授業を盛りあげようとしたんだろう。
それが逆効果になった。
ていうか、効果がありすぎた。
おれみたいに普段めったに手をあげない連中にまで分かる問題だったから、クラス中の手があがった。
みんな、母親にいいところを見せようとして必死だ。
特におれみたいな連中は、こんなチャンスはめったにないってんで目の色が変わってる。
とうとう立ちあがって手をあげるやつまで出てきた。
ぴょんぴょんとジャンプしたり、両手を頭の上で振りまわすやつもいる。
隣がイスに跳びあがった。
おれも負けじと机の上に跳びのって両手を振りまわした。
天津がつかつかとやってきて、おれの襟首をつかんで下におろした。
そして、黒板にチョークで線を描くときに使う大きなT定規を、おれの後ろ襟からパンツの中にまで差しこんだ。
落ち着きのない生徒に対して行われる「串刺しの刑」だった。
別に痛くもかゆくもない刑だけど、なにしろカッコ悪いんでおれたちには恐れられてる。
このクラスで、「串刺しの刑」を入学して初めて受けたのが、そのときのおれだった。
後ろ襟からT定規が生えている姿は、ハンガーに子供が下がっているように見える。
後ろでクスクスと母親たちの笑い声が聞こえた。
家に帰ってから母親に、あんなに恥をかいたのは生まれて初めてだと怒られた。
あんたなんか次のゴミの日に出すとまで言われた。
それ以来、おれの母親は授業参観を恐れてるってわけ。
そんなら来なきゃいいじゃねえかと思うんだけど、そんなわけにもいかないらしい。
なにしろ20人ちょっとのクラスが、1年から5年まで持ちあがってるから、親同士もすっかり顔なじみだ。
顔なじみどころか、子供を通しての情報で、お互いの家庭の内情まで知れわたってる。
うっかり欠席しようものなら、授業参観のあとの懇談会で、欠席した家がうわさ話のサカナになっちまうことがあるらしい。
それを恐れて、おれの母親は絶対に欠席しないってわけ。
右にくびを回すと母親が前を向けのサインを出すんで、こんどは左後ろを見た。
窓側のすみの方に、1人だけ知らない女の人がいた。
あれが理絵の母親か?
なんだ、全然普通の人じゃん。
あの宗教姉妹の母親だから、もしかしたらハチマキにローソクでも挟んで来るんじゃないかと思ったんだけどな。
服装も化粧も地味で、きれいだけど少し寂しそうな顔の人だった。
顔の形なんかは理絵に似てるんだけど、何て言うか、理絵とは雰囲気が全然違う。
人間の種類が違うって気さえする。
気の毒になあ。きっと懇談会で質問ぜめにあっちまうぜ。
夕飯を姉貴と2人で食べてから茶の間でテレビを見てると、母親が『渚のシンドバッド』を歌いながら帰ってきた。
また2次会でカラオケに行ったな。
酒くせー。
「あー疲れた。やーっと終わった。全く、あんたの授業参観があるかと思うと、1週間前から憂うつになるんだから」
「最近は何もやってないだろ」
「やられてたまるもんですか。そういえば懇談会で、夕べあんたが言ってた地震の話が出てさ。あたし、天津先生に言ってやったよ。この学校、建てつけが悪いんじゃないですか、って。なんなら建設会社を紹介しましょうか、って」
また、いらんこと言ってきやがったな。
「親父の会社は、学校なんか建てられるほど大きい会社じゃねえだろ」
「そんなもの、やってみなきゃわからないじゃないのよ。仕事ってものはね、引き受けてから、どうやったらできるか考えるもんよ」
そんな無茶な。
「そうそう。杉下さんちのマンションも揺れたんだってよ。新築なのにねえ」
そういえば、杉下は今朝の騒ぎのときまだ来てなかった。
杉下は去年の春休み、東中通りに新しくできたマンションに引っ越した。
そこは隣の新潟小の校区だったけど、転校はしなかった。
新潟市のルールでは、小学校5年以降に引っ越しで学区が変わった場合、希望すればそれまでの学校に通学できることになってる。
それに、大畑小と新潟小は中学の校区がいっしょで、おれの姉貴も通ってる寄居中学だ。
どうせまた中学でいっしょになるんだから、2年間だけ新潟小に転校する必要は全くないってわけだ。
「あのマンション、きっと手抜き工事よね。建設会社を紹介しようかしら」
「もういいって」
【次回投稿は6月25日の予定です】→柳都物語「第13回・ALT」
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