柳都物語 第9回・予兆?
【柳都物語 第9回・予兆?】
水曜日。
昼休み。
風邪のせいで体育館に遊びに出る気にもなれなくて、窓際の中村の席で話をしてた。
天津に聞いてきたことを理絵に話さなきゃと思ってたんだけど、きのうはドッジボールであんなことがあって、結局話しそびれちまった。
今日もなかなか話す機会がなかった。
天津に「ひと目ぼれか」なんてからかわれたせいで、ほかのやつらがいる前じゃ理絵に話しかけづらかった。
曇った窓ガラスに、麻美子たちがマンガを描いてる。
暖房が効きすぎてるせいか、ガラスに描いた線は端から水滴になって流れた。
キャラクターの顔がみんな泣き顔だ。
それが気に入らなかったのか、麻美子が手のひらでガラスの絵を消した。
窓の外が透けて見えた。
理絵が独りでいる。
中庭の花壇のわきだ。
ここは2階だから、机の上に腰かけていたおれには見えたけど、中村たちは気づいてなかった。
「おい尚樹、どこ行くんだよ?」
「ちょっとな」
滅多にないチャンスだ。
廊下に出たら自然と小走りになった。
でも、何でおれがこんな苦労しなきゃなんねえんだ?
これじゃ、パシリじゃねえかよ。
中庭に出ると、理絵はまだ花壇のわきにいた。
ほかには誰もいない。
この寒空じゃ当たり前だけど。
理絵は花壇をじっと見おろしてる。
秋までサルビアが咲いてた花壇には、枯れた茎と、ところどころに残る雪と、あとは土しか見えなかった。
おれは早川堀でのことを思いだしてた。
岸辺の河渡(こうど)に立って、ぼたん雪の落ちる水面をじっと見てた巫女。
理絵の横顔は、ほんとあの時の巫女にそっくりだった。
「何見てんだよ?」
おれの声に驚いた様子もなく、理絵は黙って花壇を指さした。
最初は花壇の土が動いてるのかと思った。
でも、たちまちその正体を覚ったおれは、思わず後ろに跳びすさった。
ミミズだ。
数え切れないほどのミミズが、花壇の土を這いまわってる。
真冬だぜ。
どういうことだ?
おれは理絵の顔を見た。
ひょっとしてこいつ、ミミズ使いか?
「どうしたんだよ、これ?」
理絵はくびを横に振った。
ぼたん雪がまた落ちてきた。
「それよりどうだった、天津先生?」
おれは、土曜日に天津のじいちゃんを訪ねることになった話をした。
「どうする?」
「わたしも行く。西大畑公園で待ち合わせしよ」
「何時に?」
「9時は?」
「わかった」
「それじゃ、土曜日」
それだけ言うと、理絵はくるりと背を向けて歩きだした。
「あ、あのさ」
「え?」
「悪かったな、きのうのドッジボール」
理絵は、振り返りながら笑って首をふった。
おれは、理絵の後ろ姿が昇降口の扉に消えていくのを見送った。
おい。
ミミズは、ほったらかしかい。
「へっへっへっへ」
後ろから妙な声がしたんで振り向くと、マメオヤジだった。
「見ちゃいましたぜ、旦那。ナンパですかあ?」
「バカ言ってんじゃねえよ」
「何の話、してたんですう?」
「天津に言われた用だよ」
「ほんとですかあ?」
「もうチャイム鳴るぞ。それよりほら、あれ」
おれは花壇のミミズを指さした。
「うわっ」
おれはこのスキに昇降口へ歩きだした。
5時間目の授業中、地震があった。
といっても、そんなに大きな地震じゃない。
マメオヤジのバカだけは机の下にもぐりこんだけど。
他には大声をあげるようなやつもいなかった。
それでも教室は少しざわついた。
みんな天井を見あげたり、窓際のやつは、窓枠がカタカタと鳴るんで立ちあがったりしてた。
窓に結んだ露のつぶが、ふるえながら流れるのが見えた。
「落ち着け。落ち着くんだ。たいした地震じゃない」
そう言っている天津の声が、いちばんあわててた。
揺れはすぐにおさまった。
理絵を振り返ると、じっと窓の外を見てる。
これが予兆ってやつなのか?
やっぱり災いってのは、大地震なのか?
そういえば、さっきのミミズだって、地震の前触れってこと?
露の筋が流れた窓の向こうは、今日もねずみ色の空だ。
そう思って見るからかも知れないけど、何かが起こりそうな色だった。
遠くでまた雷が鳴っている。
新潟では、雷は冬にいちばん多いんだ。
【次回投稿は5月14日の予定です】→柳都物語「第10回・変な外人」
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