柳都物語 第7回・ドッジボール(1)
【柳都物語 第7回・ドッジボール(1)】
教室に戻ると、もうみんな着替えを始めてた。
5時間目は体育だ。
「またドッジボールだってよ。たのむぜ、尚樹」
斉藤がおれの背中をたたいた。
風邪は全然治ってなかったけど、ドッジボールとなりゃ話は別だ。
マメオヤジが体操着に腕を通しながら、おれの耳元でささやいた。
「楽しみだよなあ、尚樹」
「何が?」
「きまってんじゃん。理絵ちゃんの体操着姿」
てめーは、変態オヤジかよ。
だいたい、あの体操着のどこが楽しみなんだ?
膝まであるハーパンだぜ。
ちなみに、今教室で着替えをしてるのは男子だけ。
うちの学校は、4年までは女子もいっしょの教室で着替えるんだけど、5年からは別だ。
この校舎は、今よりずっと児童数が多かったとき建てられたから、空き教室が山ほどある。
そのうちのひとつが、高学年女子の更衣室になってるってわけ。
体育館に出ると、もう女子も集まってた。
「あちゃー。ジーパンかよ」
マメオヤジの視線をたどると、女子のかたまりの中に理絵がいた。
ひとりだけ、ジーンズにトレーナー姿だ。
体操着が間にあわなかったんだろう。
さっきまでは白のチノパンだったから、あれでも着替えましたってわけだ。
ホイッスルを吹きながら天津が入ってきた。
「菊池のおかげで人数がそろったな。今日から、おれは審判に専任する」
女子からいっせいにブーイングの声があがった。
理絵が来るまで、おれたちの学年は、男12人女11人の奇数だった。
ドッジボールをやるときは、天津が人数の少ない方のチームに加わるんだけど、ジャンケンなんかで組みわけをしてそれをやると、天津の入ったチームが断然有利になっちまう。
それで、おれたちの学年では、天津が女子チームに入った男子対女子の対抗戦をずーっとやってきた。
4年までは、それでも男子が勝つことがほとんどだったけど、5年になってから旗色が変わった。
女子どもが、突然巨大化してきたせいだ。
夏休みを過ぎてからは、男子チームの苦戦が続くようになった。
女子どもは、4年間のうっぷんばらしとばかりに凶暴化した。
クラス替えがあるような大きな学校なら、よく知らない男子に勇ましいところを見せたくないって気持ちが働いたりするんだろうけど、おれたちみたいに入学からずっと同じメンツで持ちあがってきたんじゃ、遠慮もたしなみもあったもんじゃねえ。
特に凶悪なのが奈美で、学年委員なんだから、もうちょっと人の和とか考えろよなって思うんだけど、こいつが口からキバが生えてるんじゃないかって顔で向かってくる。
最近じゃ、斉藤みたいにマジびびってる男子もいた。
ホイッスルが鳴って、ゲームが始まった。
やっぱ、天津が入らなきゃ男子が断然優勢だった。
斉藤が麻美子をアウトにして、ガッツポーズをつくった。
いつもなら、麻美子みたいに弱っちい女子に強いボールをあてると、そいつは天津から徹底的にねらわれる。
今日はそれもないから、男子は思いきりプレーができた。
内野に戻った斉藤からパスが来た。
おれは元外(もとがい)って言って、最初から外野に出てる。
逃げ遅れた女子の膝をねらう。
クリーンヒット。
山内を内野に戻す。
普通は、ボールを当てた選手が内野に戻るんだけど、おれたちのルールでは身代わりを戻すことができた。これを、命をやるって言ってる。
こうして、外野の男全員を内野に戻し、最後に残った女子を仕留めてゲームセット。
これが最高にカッチョイー勝ち方だ。
外野には両サイドとバックに最低3人は残ったほうがやりやすいんで、普通、外野が3人になると、アウトを取っても内野に戻らない。
でもおれは、ひとりだけ外野に残るってのが大好きだ。
だって、パスが全部おれに来るじゃねえか。
井沢尚樹、人呼んで元外の鬼。
こうして1セット目は、いつになくいい調子でゲームが進んでった。
でも、最後に妙なことになったんだ。
男子の外野はおれひとりになり、女子の内野もひとりだけになった。
いつもなら、最高においしいシチュエーションなんだけど、残った女子ってのが、理絵だった。
理絵の動きを見てると、ボールの取り方や逃げ方がうまくて残ったってわけじゃない。
ボールになんか、1度もさわってないんじゃねえか?
つまり、誰も理絵を狙わなかったってわけだ。
やっぱ、転校してきたばかりの女子に、いきなりボールをぶつけるってのは、ちょっとなあ。
ひとりだけ違う格好してるから、見分けやすかったし。
でも、こういう変な気遣いが、逆にアダになっちまったって感じだ。
「理絵ちゃん、がんばってー」
外野の女子からいっせいに声があがった。
【次回投稿は4月16日の予定です】→柳都物語「第8回・ドッジボール(2)」
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