柳都物語 第6回・教務室
【柳都物語 第6回・教務室】
火曜日。
風邪はだいぶ良くなった。
きのう、菊池理絵と話をして、少しすっきりしたせいかも知れない。
もちろん、あいつの言ったことを全面的に信じたわけじゃない。
でも、少なくとも、理絵本人は悪いやつじゃないって感じがした。
休み時間に、理絵からさっそく指令が来た。
おれの机の脇を通るとき、紙切れを置いてったんだ。
大胆なことするやつだぜ。
だれかに見られなかったか、ひやっとした。
マメオヤジなんかに見られたら、また何言われるかわからねえ。
紙切れには、きれいな字でこう書いてあった。
『とりあえず堀があったころの地図がほしい。天津先生に聞いてみて』
理絵をそっと振り返ってみると、となりの奈美と笑いながらしゃべってた。
人に指令だけ出しといて気楽なやつだぜ。
昼休み、おれは教務室に天津を訪ねた。
天津は、腕を組んで難しい顔をしてた。
よく見ると、寝てた。
「先生。天津先生」
「ん? ん? なんだ? なんだ? 井沢? おれが呼んだのか?」
「呼ばれてません」
「そうだよな。呼んでない」
天津はおれの顔をじーっと見た。
「まあ、そこにすわれ」
おれはとなりの先生のイスに腰かけた。
「井沢。何をした?」
「何って、なんにもしてないよ」
「そんなわけないだろ。おまえが、こうして自ら出頭してくるからには、よっぽど悪いことをしてきたに違いない」
「なんにもしてないって。何かしなきゃ、来ちゃいけないのかよ」
「じゃ、何しに来た?」
「ちょっと、聞きたいことがあって」
「ほー。言ってみろ」
「堀のことなんだけど」
「堀? 6年の堀由美子のことか? 美人だな」
「ちがうよ。水の流れる堀のことだよ」
「ほー」
「新潟市にはさ、昔、堀がたくさんあったんでしょ」
「ほー」
「だからさ、とりあえず、堀がどこを流れてたか知りたいんだけど」
「ほー」
「ほーほーばっかし言ってないで教えてよ。地図がほしいんだけど、堀の」
「なんでそんなことを知りたいんだ?」
「なんでって、やっぱしさ、新潟市の昔が、どうなってたか知りたいじゃん。市民として」
「あやしいやつ」
「なんでだよ。ほんとに知りたいんだよ」
「井沢。おまえとも長いつきあいになる。思いおこせば5年前だ。あれは入学式の翌日だったかな、おまえが桜の木の下で小便をもらしたのは。伊崎がおれのところへ言いにきた。『せんせい、ナオキちゃんがおしっこ、たらしました』ってな」
またその話かよ。
いいかげん忘れろよ。
何かっていうとおんなじ話持ちだしやがって。
「井沢。おまえと5年間つきあってきて、おまえが、新潟市の昔のことを知りたくて教務室を訪ねてくるような、そういうキャラじゃないってことは、よーくわかってるつもりだ。何をたくらんでる?」
「何にもたくらんでなんかないよ。ほんとに知りたいんだって。この目、見てよ。キラキラ輝いてるだろ」
「あやしい光にな」
くっそー、理絵のやつ、変な指令出しやがって。
おれって、めちゃめちゃ不適任じゃねえかよ、こういう役。
「井沢。もしおまえが、本当に新潟市の昔や堀のことに興味を持って、それを調べたいと思ったんだとしたら、だ。これは、教師生活11年目にして初めて起こった奇跡だ。おれの教育は間違ってなかった」
「だから教えてよ」
「よく知らん」
「なんだよそれ」
「堀なんか、おれの生まれる前にみんな埋まってたからな」
「地図とか無いの?」
「今どき売ってないわなあ、そんな地図。西堀と東堀なら、おれだってわかるぞ」
「そんなの誰だって知ってるよ。通りに名前が残ってんだから」
「そんな古い地図持ってるとしたら相当な年寄りだな。年寄り? そうか。いたいた」
天津は急に目を輝かせて、にたーっと笑った。
こっちのほうがよっぽど何かたくらんでる顔だ。
「おれのじいちゃんだ。じいちゃんといっても、おれの祖父の弟だから、続柄をいえば大伯父になるんだけどな。本物の祖父のほうは、おれの生まれる前に死んじゃってたから、この大伯父をずっと、じいちゃんって呼んでるんだ」
「じゃ、その人に聞いてみてよ」
「おまえ、直接行って聞け。なにしろ講釈好きでな。つかまると大変なんだ。おまえみたいな向学心に燃えた少年が行けば大喜びするぞ」
天津のじいちゃんか。
なんだか、やな予感がするぜ。
天津はいそいそと、じいちゃんの家までの道順を書いてくれた。
なんだ、すぐ近くじゃん。
どっぺり坂の真上だ。
「金曜まで旅行に出てるはずだから、土曜に行け。じいちゃんちにはおれから電話しといてやる」
【次回投稿は4月2日の予定です】→柳都物語「第7回・ドッジボール(1)」
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