柳都物語 第4回・災いの元?
【柳都物語 第4回・災いの元?】
見おろされたまましゃべってるのも面白くないので、おれは階段を上まであがった。
桜の木に囲まれた小さなグランドには誰ひとりいない。
桜の下のベンチにも誰も座っていない。
ねずみ色の空に、桜の枝先が人体模型の血管みたいに広がってる。
階段の上まであがってみたけど、理絵のほうが背が高いから、やっぱりまだ見おろされているみたいだった。
おれよりか10センチくらいは高い。
おれの背たけは138センチだ。
平均より、ほんのちょっとばかり低いけど、3月生まれだからな。
それにしても、このところ女子どもが急にでかくなりやがって、あの伊崎奈美なんて、152センチだと。
いったい何食ってやがんだよ。
中学年までは、おれとたいして変わんなかったのにな。
「手伝うって、どういう意味?」
「今、全部説明できないけど。まだ、わからないことも多いし。でも、この新潟市で何かが起きようとしてるんだって」
「何かって、何?」
「だから、まだよくわからないって。でも、きっと良くないこと」
「良くないことって、何?」
「たぶん災い」
「災いって、何でそんなことが分かんだよ」
「わたしの姉は、そういうのが分かる人なの」
あぶねー。
やっぱし宗教姉妹じゃねえか。
おれを入信させようってのか?
こいつらの宗教、小学生まで勧誘すんのかよ。
しかも勧誘員まで小学生だぜ。
「また誤解してない?」
「間にあってます、ってところだな」
「何のこと?」
「うちは代々仏教だ。仏壇もあるし墓もある」
「やっぱり誤解してるでしょ。墓って何よ?」
「お告げってやつなんだろ。おまえの姉ちゃんがキツネツキみたいになって、『祓いたまえ浄めたまえ』ってやるんだろ」
おれは、神主さんが御幣を振りまわすようなかっこをしてみせた。
「そんでもって、『大変なことが起こるぞよ』ってお告げがあったわけだ。その災いから逃れるためには、神を信じるほかはないのじゃ、壺を買うのじゃってな」
「ひどい誤解ね」
理絵が、ほっぺたをふくらませた。
怒らせちまったかなと、おれはちょっぴり後悔した。
「それで、その災いってどんなことだよ」
「信じてくれるの?」
「聞くだけ聞くってこと。全然信じたわけじゃねえよ」
「災いっていうのは、たとえば天災とかよ。『天災は忘れたころにやってくる』ってやつ。分かる?」
「馬鹿じゃねえんだぜ、おれ」
「今から40年くらい前だけど、新潟市に大地震があったのは知ってるわよね」
「ああ。総合学習で習ったからな。信濃川に架かる橋が落ちたり、コンクリートの団地が横だおしになったり、石油タンクが燃えたりしたんだろ。真っ黒な煙につつまれた市街を外から見た人たちは、新潟市が全滅したと思ったって」
「そう。よく知ってるじゃない」
理絵はにっこりと笑って、手袋の手で拍手した。
笑うと八重歯がのぞいて、急に子供っぽい顔になった。
「また、あんな地震が起きるっていうんじゃないだろうな?」
「結果が地震になって現れるかどうかは、まだわからないらしいんだけど、でも、このままじゃ大変なことが起こるって姉は言うの」
理絵はまゆをひそめた。
「でもさ、おれに手伝えって、どういうことだよ? まさか、その地震を防ごうってわけじゃないよな? そんなこと小学生にできるわけないじゃん」
「だから地震とは限らないって。災いそのものを防ぐんじゃなくて、災いの元を探しだすのよ。もし、それを取り除くことができるとしたら、結果としての災いは起こらないってことになるでしょ」
「待てよ。たとえばその災いが地震だとするよな。そうすると、その地震の元ってのは、地球の中のマントル対流がどうとかってことだろ。そんなのどうやって取り除くっていうんだよ」
理絵は顔を近づけて、おれの目をじっと見た。
「井沢くんって、あんがい理屈っぽいのね」
おれはちょっとどぎまぎして顔をそらした。
広場の鳩が、何に驚いたのかいっせいに舞いあがった。
理絵の視線も鳩を追って空へながれた。
こういう横顔を見ると、中学生、いや、もっとずっと大人にも見えた。
【次回投稿は3月5日の予定です】→柳都物語「第5回・堀」
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