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2005.02.05

柳都物語  第3回・西大畑公園

【柳都物語 第3回・西大畑公園】

 早川堀でのことを、早く菊池理絵に確かめたかったけど、全然そのチャンスが無かった。
 なにしろ転校生がよほどめずらしいらしく、休み時間ごとに理絵のまわりを女子どもが取り囲む。
 昼休みには、学校を案内すると言って、伊崎奈美を先頭にぞろぞろとつながって教室を出ていっちまった。その行列についていくわけにもいかないので、おれは教室に残ってた。
 まあ、女子のやつらが興奮しているのも、わからなくはない。
 なにしろ1学年1クラスしかないから、どいつもこいつも入学したときからずっといっしょ。
 担任まで入学から卒業まで持ち上がりだ。
 まったく刺激ってものにとぼしい。
 だから転校生が入ってくるなんてのは一大イベントなんだ。

「尚樹よー」
 となりの席のマメオヤジが話しかけてきた。
 おれよりもチビで、丸メガネをかけてオヤジみたいな顔をしているんで、マメオヤジ。
 もちろん本名は別にちゃんとあって、山崎翔太。
「美人だよなあ」
「だれが?」
「とぼけるなよ。菊池理絵にきまってんじゃん。おまえだって、ひと目ぼれしたんだろ」
「してねえよ」
「いいからいいから」
「何がいいんだよ」
「なんかさ、雰囲気が全然違うよな、ほかの女子とはさ」
 そりゃあ違うだろうよ。
 なにしろ真人間じゃねえんだからな。
「おれ、あしたから学校来るのが楽しみになっちゃったよ。なんだかさ、生きがいができたって感じ?」
 こいつも相変わらず脳天気なヤローだ。

 この日は結局、理絵と話ができなかった。
 夕方になると、また少し熱が出てきたみたいだ。まぶたが熱い。
 今日はまっすぐ帰ろう。
 理絵は放課後も女子に取り囲まれてた。
 その輪を横目でにらみながら、おれは教室を出た。
 いつもどおり、児童玄関の前から小路を抜けて白壁通りへ出ると、行形亭につきあたる。
 この丁字路を右に折れて、行形亭の角を左に入る。
 ここが地獄極楽小路。
 ちょとすごい名前の小路だろ。
 ちなみに、新潟島の道には「通り」と「小路」とがあって、信濃川と平行に走る道が「通り」で、その「通り」と垂直に交わる道が「小路」だ。だから「小路」っていっても、柾谷小路みたいに6車線の道路もある。
地獄極楽小路 もっとも、地獄極楽小路は車がやっとすれ違えるような本物の小路だ。
 行形亭(イキナリヤと読む)ってのは、黒板塀に囲まれた大きな料亭で、江戸時代の中頃からここにあるそうだ。
 白壁通りの門へ入ってく芸者さんの姿を見かけることもあった。
 おれの親は、この行形亭で結納を交わしたってのが自慢なんだ。
 昔、この行形亭と小路をへだてて刑務所があった。
 もっと昔は、監獄と呼ばれてた。
 さらにその昔、江戸時代には牢屋だったそうだから、実に由緒正しい刑務所だ。
 刑務所は、監獄のころに造られた高いレンガ塀で囲まれてた。
 刑務所のレンガ塀と料亭の黒板塀に挟まれた小路だから、地獄極楽小路なんていう、なんだかすごい名前がついたってわけ。
 実際、行形亭のドンチャン騒ぎが、牢の中にまで聞こえてきたそうだ。
 その後、刑務所は郊外に移転して、跡地は西大畑公園になった。
 もちろんレンガ塀も解体されたけど、そのときのレンガは公園の塀に再利用されてる。
 おれは、この西大畑公園の中を通学路にしてる。
 地獄極楽小路にある裏門から公園に入って石段をあがると、林の中を園路が続いてる。
 日本海から吹きつける風が、木々の枝先を揺らしてる。
 林の上を、ねずみ色の雲が動いてた。
 林を抜けると急に視界が開けて、レンガ敷きの広場に出る。
 そうか。
 ここに来ておれははじめて気がついた。今朝も通ってきたのにな。
 西大畑公園にも堀があったんだ。
 もちろん、早川堀と同じく、復元された堀だけど。
 この近くにも、昔、西堀っていう堀が流れてたそうだ。
 その西堀は無くなったけど、西堀通りって地名は、今も残ってる。
 西堀通りの歩道には、西堀の歴史を書いた案内板が出てて、大正時代の西堀を写した写真ものってる。
 大きな柳が堀にかぶさるように連なって、水の上には小舟が浮かんでる。
 昔の新潟島はどこもこんな景色で、柳の都って書いて、柳都(りゅうと)って呼ばれてたそうだ。
 西大畑公園の堀は、この西堀を復元したんだそうだ。
 レンガ敷きの広場に堀が切ってあって、堀に沿って柳が植えられてる。
 ぬれたレンガの上を鳩が歩いてる。
 堀の水には鴨が一羽、木彫りのデコイみたいに浮かんでた。
 葉を落とした柳の枝先が、レゲエの髪の毛みたいになびいてる。
 おれは早川堀でのことを思い出して、少しぞっとした。
西大畑公園/堀と石垣 レンガ敷きの広場の左手、1段あがったところに小さなグランドがある。
 その1.5メートルくらいの段差が石垣になってて、日本海を渡ってくる風は、石垣の上から吹いてくる。
 石垣はおれの背たけよりも高いから、少しは風がよけられるような気がして、冬はいつも石垣の下を歩く。まあ、たいして変わんないけど。
 この石垣と堀は平行して走ってて、石垣が切れた先で堀も終わり。
 その向こうはもう表門だ。
 おれは、手袋をした左手で石垣をさわりながら、マフラーにあごをうずめて歩いてた。
 石垣が切れた所には、グランドへ上がる扇形の階段がついてる。
 その階段をなにげに見上げたおれは、ランドセルがぶっ飛びそうなほど驚いた。
 階段の上には、菊池理絵が立ってた。
 たしか、おれが教室を出るときは、まだ女子に囲まれてた。
 それを横目で見ながら、おれは教室を出たんだ。
 なんで先回りができる?
「また驚かせちゃった?」
 バクバクいってる心臓をさとられないように、おれは理絵をにらんだ。
「おまえ、何もんだ?」
「やっぱり誤解してる」
 理絵はクスリと笑った。
 少し落ち着いて理絵を見ると、早川堀で会った巫女とは、どうも姿かたちがビミューに違っているみたいだ。
 たしか巫女はもう少しやせてた。
 しゃべりかたなんかは全然違う。
 でも、マメオヤジじゃないけど、雰囲気っていうか、つまり中身はいっしょって感じだ。
「おとといは、ちゃんと帰れた?」
 げっ。
 やっぱりあの時の巫女じゃねえか。
「なんのつもりだよ。おれにタタッてきたのか?」
「どういうこと?」
「じゃ、何で知ってんだよ、おとといのこと」
「井沢くんが会ったのは、わたしの姉さん」
「姉さん?」
「堀端で変な子供に会ったって言ってた」
「変なのは、おまえの姉だ。巫女なのかよ?」
「まあ、そんなようなものかも。その子の学校を聞いたら、わたしが転入することになってる大畑小だったんで驚いたって。それに学年まで同じ。でも、なんか逃げるみたいにして帰っちゃったって」
「あたりまえだろ。消えたんだぜ、おれの目の前で。おまえの姉ちゃん、忍者かよ?」
「そんなわけないじゃない。気のせいよ」
「絶対消えた」
「今朝、わたしの顔を見て驚いてたから、ははあ、この子だってわかった」
「それで、おれに何の用だよ。笑いに来たのか?」
「全然。逆よ」
「逆?」
「ちょっと手伝ってほしいの」
「手伝う?」

【次回投稿は2月19日の予定です】→柳都物語「第4回・災いの元?

緑亥館通信「柳都物語・第3回について
物産コーナー「『第3回・西大畑公園』の巻

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