柳都物語 第1回・早川堀の幽霊
【柳都物語 第1回・早川堀の幽霊】
「尚ちゃん、吹雪いてきたよ。おばちゃんが車で送ってあげるから」
「大丈夫。ぜんぜん平気」
東入船町のおばさんちの玄関を出てMTBにまたがると、外はもう海の底みたいな紺色に夕暮れてた。
家に着くころには真っ暗になっちまうな。
おれはMTBのライトを点けた。
3学期が始まって最初の土曜日だった。
母親に頼まれた届けものをして、すぐに帰るつもりだったのに、いとこの和也にいちゃんとテレビゲームをしてたら、すっかり遅くなっちまった。
このうえ、届けものをした先から車で送ってもらったりしたら、母親に何を言われるかわからない。
小路を抜けて、鉄工所や造船所がつらなる道に出ると、雪が右から左へ真横に流れてた。
アスファルトは濡れてるけど、雪は積もってない。
海が近いこのあたりでは、雪は通り過ぎるばかりで積もることはめったにないんだ。
横なぐりの雪にハンドルを取られながら、ようやく「みなとぴあ」の前まで出た。
「みなとぴあ」ってのは、新潟市の歴史博物館のこと。
道はここで丁字路になっている。
丁字路を左に折れた道は、すぐに信濃川で行き止まり。
おれの帰り道は、もちろん右の早川堀に沿った方だ。
堀っていっても、実は早川堀は本当の堀じゃない。
もちろん昔は本当の堀だったけど、大分前に埋め立てられてしまった。
今の早川堀は、昔の堀をほんの一部分復元したレプリカだ。
長さは50メートルってとこ。
細長いプールみたいなもんで、幼稚園児が立って歩けるくらいの深さしかない。
それでも護岸は石で積まれ、岸には柳や桜が植えられてる。
おれは、車道と堀の間につくられた遊歩道にMTBを乗り入れた。
堀に沿って走り出すと、雪が真正面から吹きつけてくる。
18段変速のギアを一番軽くしてもふらつきそうだ。
おれはフードのひもを締め直そうとして、MTBを止めた。
かじかむ指と吹きつける雪に手こずって、ひもがうまく結べない。
ひどい風だ。
吹きつける雪を見すえたおれは、指を止めた。
人が立ってる。
堀の岸に1か所、水面近くまで下りられる石の階段がついている。
「河渡(こうど)」っていって、昔の人はそこで野菜なんかを洗ったそうだ。
その石段のかたわらに人が立ってる。
別にそこに人が立っててもおかしくないけど、でも、こんな天気の日に何してんだ?
そう思いながらもおれは、人影から目をそらすことができなかった。
変な格好をしてる。
巫女さんか?
白い着物に赤いハカマ。腰までとどく真っ直ぐな髪を、首の後ろでしばってる。
どう見ても巫女だ。
でも、このあたりに巫女がいるような大きな神社なんて無いよな?
それに、なんだか子供みたいだ。
子供っていっても、おれと同じくらいか、せいぜい中学生。
巫女は、柳の下で、じっと堀の水面を見てる。
水の上にも雪は真横に流れてた。
ようやくあごひもを結び直すと、おれはMTBをこぎ出した。
もしかすると、あぶない宗教の人かも知んない。
こんな日にあの格好じゃ、マジ風邪ひくぜ。
ひょっとしたら、アタマが変なやつかも。
おれは横目で巫女を見ながら、その後ろをそっと通りすぎようとした。
そのとき、巫女がくるりとおれの方へ向き直った。
「少年」
目がもろに合った。
風にあおられて、思わずおれは片足を着いた。
やっべー。
からまれた。
「そなた、わらわが見えるのであろう?」
何言ってんだ、こいつ?
やっぱりアタマの方だ。
「この堀は、どこへつながっておるのじゃ?」
「ど、どこにもつながってないよ。あの見える先で終わり」
おれはなるべくさりげない口調で答えたつもりだったけど、なんだか学芸会のセリフみたいになった。
「この町には、堀が縦横に流れていると聞いてきたが」
「それは昔のことだろ。今は堀なんて無いよ」
「そうか」
巫女は再び水面に目を戻した。
おれはこのすきに走り出そうとした。
「少年」
まだあんのかよ。
「そなたは小学生か?」
おれはうなずいた。
「どこの小学校じゃ?」
「大畑小学校」
「何年生じゃ?」
「5年だよ」
ちょっとチビだけどな。
「もういい? 急ぐんだけど」
「ああ。すまなかった」
巫女はおれを見てにっこりと微笑んだ。
おれは思わず目をそらした。
巫女の大きな目に吸いこまれそうな気がしたんだ。
その目を振りきるようにペダルを踏みこんだ。
10メートルくらい走ってから、まさか追いかけてこねえだろうなと、肩ごしに後ろを振りかえった。
その途端、ペダルを踏みはずして、ひっくりかえりそうになった。
いない!
巫女の姿がどこにも見えない。
隠れる場所なんか、どこにも無いんだ。
まさか、堀の中?
堀の水面には一輪の波紋もなく、ぼたん雪が落ちては消えている。
もちろん水音もしなかった。
柳の細い枝が、堀の上にかかってゆれてる。
背筋を寒気がかけあがった。
幽霊?
巫女の幽霊か?
マジやばいよ。
口きいちゃったよ、おれ。
がたがた震える手でハンドルを握りしめ、必死にペダルをこいだ。
くっそー。柳の下に幽霊は合ってるけど、季節がぜんぜん間違ってるじゃねえか。
正面から吹きつける雪で、なかなか前へ進めない。
まるで悪夢の中でもがいてるみたいだった。
この近くに担任の天津のアパートがある。おれはよっぽどそこへ駆けこもうかと思った。
でもそんなことをしたら最後、このネタをサカナに卒業までからかわれるに決まってる。
おれはなるべく明るい通りを選んで、田中町の家へ急いだ。
【次回投稿は1月22日の予定です】→柳都物語「第2回・なぞの転校生」
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