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2005.01.08

柳都物語  第1回・早川堀の幽霊

【柳都物語 第1回・早川堀の幽霊】

「尚ちゃん、吹雪いてきたよ。おばちゃんが車で送ってあげるから」
「大丈夫。ぜんぜん平気」
 東入船町のおばさんちの玄関を出てMTBにまたがると、外はもう海の底みたいな紺色に夕暮れてた。
 家に着くころには真っ暗になっちまうな。
 おれはMTBのライトを点けた。
 3学期が始まって最初の土曜日だった。

 母親に頼まれた届けものをして、すぐに帰るつもりだったのに、いとこの和也にいちゃんとテレビゲームをしてたら、すっかり遅くなっちまった。
 このうえ、届けものをした先から車で送ってもらったりしたら、母親に何を言われるかわからない。
 小路を抜けて、鉄工所や造船所がつらなる道に出ると、雪が右から左へ真横に流れてた。
 アスファルトは濡れてるけど、雪は積もってない。
 海が近いこのあたりでは、雪は通り過ぎるばかりで積もることはめったにないんだ。
 横なぐりの雪にハンドルを取られながら、ようやく「みなとぴあ」の前まで出た。
 「みなとぴあ」ってのは、新潟市の歴史博物館のこと。
 道はここで丁字路になっている。
 丁字路を左に折れた道は、すぐに信濃川で行き止まり。
 おれの帰り道は、もちろん右の早川堀に沿った方だ。
 堀っていっても、実は早川堀は本当の堀じゃない。
 もちろん昔は本当の堀だったけど、大分前に埋め立てられてしまった。
 今の早川堀は、昔の堀をほんの一部分復元したレプリカだ。
 長さは50メートルってとこ。
 細長いプールみたいなもんで、幼稚園児が立って歩けるくらいの深さしかない。
 それでも護岸は石で積まれ、岸には柳や桜が植えられてる。
早川堀 おれは、車道と堀の間につくられた遊歩道にMTBを乗り入れた。
 堀に沿って走り出すと、雪が真正面から吹きつけてくる。
 18段変速のギアを一番軽くしてもふらつきそうだ。
 おれはフードのひもを締め直そうとして、MTBを止めた。
 かじかむ指と吹きつける雪に手こずって、ひもがうまく結べない。
 ひどい風だ。
 吹きつける雪を見すえたおれは、指を止めた。
 人が立ってる。
 堀の岸に1か所、水面近くまで下りられる石の階段がついている。
 「河渡(こうど)」っていって、昔の人はそこで野菜なんかを洗ったそうだ。
 その石段のかたわらに人が立ってる。
 別にそこに人が立っててもおかしくないけど、でも、こんな天気の日に何してんだ?
 そう思いながらもおれは、人影から目をそらすことができなかった。
 変な格好をしてる。
 巫女さんか?
 白い着物に赤いハカマ。腰までとどく真っ直ぐな髪を、首の後ろでしばってる。
 どう見ても巫女だ。
 でも、このあたりに巫女がいるような大きな神社なんて無いよな?
河渡 それに、なんだか子供みたいだ。
 子供っていっても、おれと同じくらいか、せいぜい中学生。
 巫女は、柳の下で、じっと堀の水面を見てる。
 水の上にも雪は真横に流れてた。
 ようやくあごひもを結び直すと、おれはMTBをこぎ出した。
 もしかすると、あぶない宗教の人かも知んない。
 こんな日にあの格好じゃ、マジ風邪ひくぜ。
 ひょっとしたら、アタマが変なやつかも。
 おれは横目で巫女を見ながら、その後ろをそっと通りすぎようとした。
 そのとき、巫女がくるりとおれの方へ向き直った。
「少年」
 目がもろに合った。
 風にあおられて、思わずおれは片足を着いた。
 やっべー。
 からまれた。
「そなた、わらわが見えるのであろう?」
 何言ってんだ、こいつ?
 やっぱりアタマの方だ。
「この堀は、どこへつながっておるのじゃ?」
「ど、どこにもつながってないよ。あの見える先で終わり」
 おれはなるべくさりげない口調で答えたつもりだったけど、なんだか学芸会のセリフみたいになった。
「この町には、堀が縦横に流れていると聞いてきたが」
「それは昔のことだろ。今は堀なんて無いよ」
「そうか」
 巫女は再び水面に目を戻した。
 おれはこのすきに走り出そうとした。
「少年」
 まだあんのかよ。
「そなたは小学生か?」
 おれはうなずいた。
「どこの小学校じゃ?」
「大畑小学校」
「何年生じゃ?」
「5年だよ」
 ちょっとチビだけどな。
「もういい? 急ぐんだけど」
「ああ。すまなかった」
 巫女はおれを見てにっこりと微笑んだ。
 おれは思わず目をそらした。
 巫女の大きな目に吸いこまれそうな気がしたんだ。
 その目を振りきるようにペダルを踏みこんだ。
 10メートルくらい走ってから、まさか追いかけてこねえだろうなと、肩ごしに後ろを振りかえった。
 その途端、ペダルを踏みはずして、ひっくりかえりそうになった。
 いない!
 巫女の姿がどこにも見えない。
 隠れる場所なんか、どこにも無いんだ。
 まさか、堀の中?
 堀の水面には一輪の波紋もなく、ぼたん雪が落ちては消えている。
 もちろん水音もしなかった。
 柳の細い枝が、堀の上にかかってゆれてる。
 背筋を寒気がかけあがった。
 幽霊?
 巫女の幽霊か?
 マジやばいよ。
 口きいちゃったよ、おれ。
 がたがた震える手でハンドルを握りしめ、必死にペダルをこいだ。
 くっそー。柳の下に幽霊は合ってるけど、季節がぜんぜん間違ってるじゃねえか。
 正面から吹きつける雪で、なかなか前へ進めない。
 まるで悪夢の中でもがいてるみたいだった。
 この近くに担任の天津のアパートがある。おれはよっぽどそこへ駆けこもうかと思った。
 でもそんなことをしたら最後、このネタをサカナに卒業までからかわれるに決まってる。
 おれはなるべく明るい通りを選んで、田中町の家へ急いだ。

【次回投稿は1月22日の予定です】→柳都物語「第2回・なぞの転校生

緑亥館通信「柳都物語・第1回について
物産コーナー「『第1回・早川堀の幽霊』の巻

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