ミツバチのおくりもの
村のはずれの辻に、お地蔵さまがありました。
お地蔵さまの前には、田植えを終わったばかりの田んぼが広がっています。
お地蔵さまのうしろでは、大きな栃の木が、いま花ざかりでした。
栃の木の花の蜜といえば、ミツバチの大好物です。
むこうの竹やぶの中に巣があるようで、そこから毎日たくさんのミツバチが栃の木をさして飛んできました。
お地蔵さまは、栃の木に花が咲いて、ミツバチの羽音が聞こえるようになるのを、毎年楽しみにしていました。
それといいますのも、ミツバチがお地蔵さまの上を通るようになると、頭の上にぽとりと落ちてくるものがあるからです。
それは、ミツバチがまるめた花粉のだんごでした。
ミツバチは空を飛びながら、からだの毛についた花粉を集めて、それに取ってきたばかりの花の蜜をまぜて花粉のだんごをこしらえるのです。
こしらえただんごは、後ろ脚につけた籠に入れて巣に持ち帰ります。
ところがまだ若いミツバチには、花粉だんごをこしらえているときに、うっかりとこれを落としてしまうものがありました。
それがときどきお地蔵さまの頭に落ちてきてくっつくのです。
お地蔵さまはこの花粉だんごが大好物でした。
といいましても、お地蔵さまは動けませんから、頭についただんごを手で取るわけにはまいりません。
頭についただんごは、日に照らされるとだんだんに乾いてきます。
するとだんごは、お地蔵さまの頭からころころところげて落ちます。
そこでお地蔵さまは下くちびるを思い切り突き出すと、落ちてきただんごがすっぽりと口へおさまります。
お地蔵さまの口だけがなぜ動くのかと申しますと、花粉だんごがぽろぽろと顔の前をころげて落ちるのがもったいなくて、いっしょうけんめい念じるうちに、とうとう下のくちびるだけ動くようになったのです。
最初のころは、出した下くちびるを戻すのに時間がかかって、ときおり通りかかる村人から「なんだかお地蔵さまの人相が変わったようだ」などと思われることもありましたが、いまではすっかり速くなって、だれに見とがめられることもなく出し入れができるようになりました。
さて、今日もお地蔵さまは花粉だんごの落ちてくるのを待っておりました。
うらうらとした日盛りで、お地蔵さまの頭にもぽかぽかとお日さまがあたっております。
「これはだんごが早く乾きそうじゃ」
お地蔵さまは、いまかいまかとミツバチの羽音に耳をすませておりました。
すると頭の上で、ブーンという音がしたかとおもうと、ぽとりと花粉だんごが落ちてきて、うまいことお地蔵さまのひたいにくっつきました。
この、ひたいにくっつくというのが大事なので、頭のうしろかわにくっついたのでは、いくら下くちびるを出して待っていても、だんごは食べられないのです。
「しめしめ」
お地蔵さまはだんごが早く乾くようにと、下くちびるを出して、ひたいのだんごにふうふうと息を送りはじめました。
お地蔵さまの両目は、ひたいのだんごをにらんでものすごい寄り目になっております。
とうていお地蔵さまの人相ではありません。
するとそのとき、お地蔵さまの頭ちかくで、ミツバチの羽音がしました。
「ない。ない。あたしのこさえただんごがない」
お地蔵さまは、人相をすばやくもとにもどしてすました顔をしました。
「どうしよう。また落っことしてしまったわ。ねえさんたちにまた叱られるわ」
お地蔵さまはしーんとしております。
「でも、どうしていつも無くなってしまうんでしょう。落っこちたものは、下に落ちていればよさそうなものだわ」
ミツバチは、飛びまわりながら、ふとお地蔵さまの頭に目をやりました。
「あった。あった。あんなところにくっついてる」
ミツバチは大よろこびでお地蔵さまの頭のだんごを取ろうとしました。
「こら」
そのときお地蔵さまが急に目をむいて大きな声を出しました。
「きゃっ」
ミツバチはびっくりぎょうてんして、空中をくるくると回りました。
「ああびっくりした。お地蔵さまが急に大きな声を出すんですもの。でも、お地蔵さまに何のことわりもなくだんごを取ろうとしたあたしもわるいんだわ。もしもし、お地蔵さま。お地蔵さまの頭にくっついている花粉だんごは、あたしがこさえただんごですの。うっかりと落っことしてしまいましたの。それを持って帰らないと、またしかられてしまいますから、どうか取らせてくださいまし」
ミツバチはそう言って、もう一度だんごを取ろうとしました。
「こら」
「きゃっ」
ミツバチは、また空中をくるくると回りました。
「またおこられたわ。どうしたというんでしょう。ちゃんとことわりを言ったのに」
ミツバチはべそをかきそうになりました。
「もしもしお地蔵さま。どうしてさっきから大きな声をしてあたしをおこるの? でも、だんごを持って帰らないと、もっとおこられるんですもの。どうかお地蔵さまの頭についただんごを取らせてくださいな」
「これはだんごではない」
「まあ。どう見てもあたしの落っことしただんごですわ」
「これは百毫(びゃくごう)と言ってな、仏のひたいにはみんなあるものじゃ」
「でも、ほかのところと色がちがってますわ」
「そういうものじゃ」
お地蔵さまはまるでだだっ子ですが、どうしても花粉だんごを食べたかったのです。
「まあ、こまったわ。また帰ってしかられるんだわ」
ミツバチは、とうとうべそをかきはじめました。
それを見て、お地蔵さまもミツバチが気の毒になりました。
自分の食い意地だけでがんばっては、このミツバチが帰ってしかられてしまうのです。
「これ、泣くでない。わしがわるかった。おまえのこさえただんごがあんまりうまそうなので、つい食い意地がはってしもうた。すまなんだな。さ、持って帰りなされ」
「お地蔵さま、ありがとう」
ミツバチは、大よろこびでだんごを持って帰りました。
お地蔵さまは、花粉だんごが食べられなくて悲しくなりましたが、働き者のミツバチのことを思えばしかたありません。
その後はもう、落ちてくるのはコガネムシのふんくらいで、花粉だんごは落ちてきませんでした。
やがて栃の木の花も終わり、ミツバチが頭の上を飛ぶこともなくなりました。
お地蔵さまの前に広がる田んぼの稲はすくすくと育って、ときおり吹く風になびくさまは、大海原のように見えました。
村はずれのお寺の境内では、大きな菩提樹の木が花を咲かせはじめました。
そんなある日、久しぶりにミツバチの羽音が聞こえました。でもそれは、尋常の羽音ではありません。
「助けてー」
ミツバチは必死に逃げているのでした。
見ると、ミツバチは大きなスズメバチに追われています。
ミツバチはまっしぐらにお地蔵さまをさして逃げてきました。
もうスズメバチがすぐ後ろに迫っています。
いまにもつかまりそうです。
ミツバチがお地蔵さまの顔の前をよぎりました。
すぐつづいて大きなスズメバチがお地蔵さまの顔の前にかかりました。
そのときです。
お地蔵さまの下くちびるがものすごい速さで飛び出し、スズメバチをはじき飛ばしたのです。
目をまわしたスズメバチは、ふらふらとどこかへ飛んでいきました。
「お地蔵さま、ありがとう」
このミツバチは、いつかのだんごを落としたミツバチでした。
ミツバチは何度もお礼を言うと、空中をくるくる回りながら巣に帰っていきました。
お地蔵さまは、やっとこれでただ食いした花粉だんごのお礼ができたとほっとしました。
そのあくる日、お地蔵さまの頭の上でミツバチの羽音がしたかと思うと、ぽたりと何かが落ちてきてひたいにくっつきました。
お地蔵さまの頭の上では、ミツバチがひとりごとを言っておりました。
「まあ、菩提樹の花でこさえた花粉だんごを落っことしてしまったわ。でも、だいじょうぶだわ。よく考えたら、だんごを持たずに帰るから叱られるんだわ。もう一度とって返して作り直せばいいんだわ。それにあたしはすっかり大人になって、だんごづくりがとても上手になったんですもの。さあお寺に戻って、もう一度菩提樹の花粉を集めてきましょう」
そう言ってミツバチは、お寺をさして飛んでいきました。
ミツバチがお寺から巣に帰るのに、お地蔵さまの上を通るのはたいへんな遠回りでしたから、お地蔵さまには、ミツバチがだんごをわざと落としていってくれたことがわかりました。
ミツバチはきっと昨日のお礼をしたつもりなのでしょう。
日はかんかんと照っております。
お地蔵さまのひたいでは、花粉だんごがすぐに乾きはじめました。
お地蔵さまは、花粉だんごをにらんでものすごい寄り目になってきました。
だんごのころがるのを待ちうけて、下くちびるも突き出しました。
それは、とうていお地蔵さまの人相ではありませんでした。
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