◇28.日和山と天気予報
◇緑亥館物産コーナー◇
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『柳都物語』-『第28回・日和山と天気予報』の巻
本編に載せた2枚の写真については、緑亥館通信の「柳都物語・第28回について」で解説していますので、興味のある方はどうぞ。
まずは、この回を書くにあたってのネタ本から。
「新潟の町 古老百話」。
この中の『西新潟、下町方面』編に、『日和山と住吉神社』『水戸教』『伊藤仁太郎さんの思い出』『<資料>水先案内と伊藤仁太郎氏』『附船の仕事』という各節があり、大変参考になりました。
本編中で天津のじいちゃんが、「もともと『日和』とは、海上のお天気のことを言った。つまり、『日和見』の本来の意味は、海上の天気を見ること、すなわち天気予報のことなんじゃ。空を見上げて、雨になるか晴れになるか首をひねっておったわけじゃ。そこから、事の成行をうかがって思案しているさまを『日和見』と言うようになったんじゃな」と言っています。
事の成行をうかがって思案している『日和見』のことは、「洞ヶ峠を決め込む」とも謂われます。
これは、次のような伝承が残っているためです。
1582年(天正10年)、「本能寺の変」後、明智光秀軍と羽柴秀吉軍が山城国山崎において激突した際、両軍から加勢を頼まれた筒井順慶(大和の大名)が、一度は明智側に従って山崎の南方にある洞ヶ峠まで兵を進めながら、結局どちらに付くか『日和見』をしたと………。
しかしながら、この伝承は史実と異なっているそうで、筒井順慶は洞ヶ峠に着く前に大和に撤兵して中立を保ったというのが本当だそうです。
筒井順慶にとっては大変に気の毒な伝承が残ってしまったわけです。
この筒井氏傍流の子孫と謂われる作家の筒井康隆さんに、その名も「筒井順慶」という小説があって、この気の毒な伝承について書いておられます。
でも、小説「筒井順慶」は残念ながら絶版のようです。
楽天フリマ
で探してみてください。
筒井康隆ファンにとって、氏が若いころ漫画を描いていたことは周知の事実です。
「筒井康隆漫画全集」が出版されています。
その中に「筒井順慶」が入っていました。![]()
「日和山」という地名については、岩波新書「日本の地名」の中に詳しい記載があるようです(すみません、読んでません)。
最後に、天気予報機能の付いた置時計をご紹介しておきます。
「MJA323SWマルマン お天気予報付き電波置時計 MJA323SW[MJA323SW]」。
気圧の変化を測定し、6~12時間後の天気を表示するそうです。![]()
以上、「『柳都物語』-『第28回・日和山と天気予報』の巻」でした。
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