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2006.03.15

◇渚のシンドバッド

◇緑亥館物産コーナー◇

 緑亥館物産コーナーでは、『緑亥館』で取り上げた書籍やDVD、そのほか『緑亥館』に関連する商品などをご紹介しています。

『児童小説のようなもの』-『渚のシンドバッド』の巻

 この『渚のシンドバッド』は、「福島正実記念SF童話賞」に応募するために、4年前に書いたものです。
 応募したときの題名は『渚のシンドバッド』ではなくて、『チクタク』でした。
 『渚のシンドバッド』は、原稿用紙にして50枚という、私にしてみるとかなり長い物語です。
 もちろん結果は落選でしたが、実は最終選考の7編まで残ったのです。
 こちらでも書きましたが、生まれて初めて書いた昔話『馬六と観音さま』がコンテストに入選し、それ以来私は、『昔話のようなもの』や『児童小説のようなもの』を書き続けてきました。
 結果はことごとく落選でした。
 で、ようやくこの『渚のシンドバッド』で、入選はしなかったものの最終選考まで残るという、ある程度の結果を出すことができたのです。
 ここで、さらに奮起して新しい作品に取りかかるという人もいるでしょう。
 もちろん、そういう人でなければ「作家」にはなれません。
 でも、私は逆でした。
 ある程度の結果が出たことで、憑き物が落ちたというか、ほっとしてしまったのです。
 私が、次から次への落選にもめげずに『昔話のようなもの』や『児童小説のようなもの』を書き続けてきたのは、最初の『馬六と観音さま』がただのビギナーズラックじゃなかったんだということを、自分自身に証明したかったのかも知れません。
 で、この『渚のシンドバッド』を最後に、物語を書くのをやめてしまいました。
 その後、数年してからブログというものを知ります。
 HTMLの知識が無かった私は、それまで自分のホームページを作ることなど考えたこともありませんでした。
 でも、このブログというやつなら、私にも何とかできそうでした。
 そこで、陽の目を見なかった私の物語たちを、公開したくなったのです。
 というのも、最初に書いた『馬六と観音さま』が、今でもコンテストを主催した北町商店街のホームページに掲載されているからです(こちらです)。
 それに比べると、私のパソコンの中で眠っているだけの物語たちが可哀想な気がしていました。
 というわけで、この『緑亥館』を立ち上げたのです(『緑亥館』というブログ名ができたいきさつについては、こちらをご覧ください)。
 おかげで、私の気の毒な『昔話のようなもの』や『児童小説のようなもの』たちに、ようやく陽の目を見せてやることができたわけです。
 ところが、昔書いた作品を掲載し終えると、あとはもう載せるものが無くなってしまいました。
 そのままでは、せっかく開いた『緑亥館』は、屍の展示場で終わってしまいます。
 それではあまりにも寂しい、というわけで、『柳都物語』の新連載を始めることにしたのです。

 さて、『渚のシンドバッド』です。
 コンテストのあと、選考過程や講評が書かれたものが送られてきたのですが、どこにしまったのか見あたりません。
 確か、私の作品に対する批評は、「筋がごちゃごちゃしてて、まとめきれていない」というようなものだったと思います。
 この評価については、異論はありません。
 こちらでも書いたように、私はプロットを立てて書くタイプではないのです。
 『渚のシンドバッド』も、思いつくままに物語をつづっていって出来あがったものです。
 言ってみれば、夢を見ている状態で書いているようなものです。
 夢を見ているときは、その先がどうなるのか分かりません。
 私が物語を書いているときも、先のことは分からないのです。
 夢というものは、往々にして場面がころころ変わったりしてすっきりした筋にはならず、「筋がごちゃごちゃしてて、まとめきれていない」ものです。
 それに、この『渚のシンドバッド』は、文字どおり夢の中の描写がメインなのです。
 というわけで、私の『渚のシンドバッド』も、「筋がごちゃごちゃしてて、まとめきれていない」というわけです。
 「マナカ」という名前は、私が書いたほかの物語には出てきません。
 でも実は、電子本で出版した『夢の汀(ゆめのみぎわ)』の中の、『月しろ』という長編に出てきているのです。
 もちろん同一人物ではなくて、名前が同じだけですけど。
 私は登場人物の名前を考えるのが苦手で、どうしても同じ名前を使い回してしまうのです。
 ちなみに『夢の汀』は、昔話を書き始めるより前に書いた作品をまとめたものです。
 『夢の汀』に載せきれなかった作品もありますが、それらは、パソコン通信の時代(インターネットがまだ無いころ)のニフティのフォーラムに投稿したものですので、1度陽の目は見ています。

 さて、商品のご紹介です。
 まずは、物語の題名でもある『渚のシンドバッド』から。
 ご存じモンスターアイドル、ピンクレディの名曲です。
 私は、ピンクレディのベスト1だと思います。
 ピンクレディが『ペッパー警部』でデビューした昭和51年、私は高校2年生でした。
 『渚のシンドバッド』は、その翌年、昭和52年の発売です。
 昭和52年の私は高校3年生ですから大学受験の真っ最中で、さすがにピンクレディに熱中しているようなアホな高校生はいませんでした。
 ピンクレディは、中高生よりも小学生に絶大な人気があったアイドルなのです。
 歌の振り付けを覚えるために、小学生はみんなテレビの前で踊っていたそうです。
 当時はビデオなどありませんから、一瞬でも見逃すまいと真剣勝負です。
 何度でも巻き戻して見られる今とは、気合いが違っていました。
 探してみたら、「ピンクレディーフリツケ完全マスターDVD」というのがありましたのでご紹介します。
 こんなのが当時あったら、小学生はみんな買ったでしょうなあ。
■送料激安中■ピンクレディーフリツケ完全マスターDVD Vol.1

 ところで、『渚のシンドバッド』には、「サーフィンボード小脇に抱え」という歌詞があります。
 でも、ピンクレディはこれを「サーフィンボート」と歌っていたように思うのですが………。
◆ピンクレディー・ベスト&ベスト

 さて次は、この物語の重要なアイテムである「目覚まし時計」をご紹介します。
 今時、ゼンマイ式の目覚まし時計なんか無いだろうなと思いつつ探したら、これがあったのです。
 しかも、マナカがお母さんからもらった目覚まし時計に、イメージがぴったりでした。
IKEA イケア DEKAD alarm clock 目覚まし時計 

 それでは、レトロつながりで、ダイヤル式の電話機はいかがでしょう。
Cod. 70080 White & black telephones. 29/61

 最後は、「山本さんちの庭で、タチアオイの花が真っ赤にゆれていた」というシーンから、そのものずばりタチアオイの苗です。
 タチアオイというと、真夏の炎天下に群れ咲く赤やピンクの花を思い浮かべますが、このタチアオイは黒褐色の花です。
 真夏の庭のアクセントにどうぞ。
タチアオイ アルセア ニグラ

 以上、「『児童小説のようなもの』-『渚のシンドバッド』の巻」でした。

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